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第一話 生まれました。・・・バレてました(汗)

 それでは本編、開始です。

 第一話 生まれました。・・・バレてました(汗)



 歌が聞こえる。優しくも心地よい歌が・・・。

 緩やかな微睡(まどろみ)のなか、暖かくて柔らかな。満たされた安心感。

 (こころよ)い温もりに包まれて、俺は夢と(うつつ)を行き来する。

 誰かの腕の中で大切に抱かれている俺。そのことを、なんとはなしに理解する。


(かあ)様。()(えん)はまだ起きないの?」


 温もりを享受し聞こえてくる歌声に耳を澄ませ、緩やかな波の上を漂う意識の揺らぎに我が身を委ねていた俺。

 小さな声色で尋ねる涼やかな声が耳に届いた。

 声の質からして、まだ幼い女の子なのだろう。


「ふふふ・・・。そうよな。気持ち良さそうに寝ておるしの」


 快い歌が途切れると、落ち着いた感じの優しい声がそう答える。


「うん。気持ち良さそう・・・。緋燕は母様のお歌、大好きだもんね~」


 嬉しくて楽しくて溜まらない。溢れ出す素直な言葉。笑みが浮かぶ。

 母と娘。二人は微笑みながら俺を見ているのだろう。気配で察することが出来た。

 [緋燕]これが現世での俺の名前らしい。緋色の燕。いい名前だな。

 語る言葉は意識せずとも理解できた。希望通り。ジョウリの補正が効いているのだろう。


「緋燕。・・・まだ起きないのかな~」


 期待を胸を一杯に膨らませ、ワクワクしながら息を殺すという。器用な少女。

 そんなに期待されると、嬉しくなるじゃないか。


「これこれ。姉よ。無理を申すでない」


 そう云い。優しく(さと)すのは、俺を抱く母。


「むぅぅぅぅぅ~。だって、緋燕・・・。寝てばっかりなんだもん・・・」


 言外に『つまらないからヤダッ!』と隠そうともしない姉。


「ふふふ。赤子は寝るのが仕事よ。そなたも今よりも幼きころ。よく眠り、よく泣き、よく乳を飲み、よく粗相をしていたものよ」


 最後の方は少しだけ、イタズラっぽく囁く母。

 今、目を開けば。片目を瞑って伏せながら笑っている姿が見れるだろう。


「むうぅ。そんなことないもん・・・」

「ん?・・・ほぉう・・・。そうか。ならば、(よう)()。そなたも姉となったのだ。これからは粗相をすることはあるまいの?」


 膨れるように答える姉に、くすくすと笑いながら追い打ちをかける母。・・・おいおい。


「母様の意地悪っ!―――そんなこと言う母様なんてキライだよっ!」


 案の定、強く反発する我が姉、陽華。

 とはいえ。予想以上に響いた声に、ビクリッ!と反応して跳び上がる俺の体。


「あっ!」

「これっ」


 小さく声を上げた後、不安げな様子と落ち着いた様子の異なる二つの気配。

 驚いたせいか、瞼の裏に溜まる涙。泣くのか俺?

 我が事ながらそう思ったものの。

 次に出てきたものは、泣き声ではなく大きなあくびであった。


「おやっ。ふふふふ」


 ほんとにね・・・。おやっ?であってる。

 驚き半分。微笑み半分。であろう母の声。

 モズモズと微妙に動きながら、とりあえず。姉の期待に応えて起きてみようと思う。

 瞼がぴくぴくと動き出す。頬が緩みもう一度大きなあくびが生まれる。

 目尻に浮かび溢れ出す涙を気にすることもなく、俺はゆっくりと目を開いた。

 溢れ出た眩しい光の洪水に、ただただ眉をしかめ、何度も瞬きを繰り返す俺。


 両手をニギニギ、両足をぴんとはり、伸びをする。

 ふわ~~~。

 そこでもう一度。ギュッと目を閉じてからの大あくび。

 再び両目をぱちぱちさせてから、俺はことのほか、気持ちよく目覚めることが出来た。


 おはよう、世界! おはよう、俺! おはよう、新たな人生!


「起きた~!」


 嬉しそうな声と、俺の上へと重なる黒い影。

 新たな世界の光に慣れ始めた俺の瞳。

 そこへ真っ先に飛び込んできたのは、勝気そうな強い光を放つ黒い瞳の美幼女だった。活き活きとしたその表情、体全体から感じられる新緑のような息吹き。

 彼女のその姿は未だ幼い容姿ながら十二分に魅力的だった。

 好奇心と喜びで一杯に満たされた彼女の笑顔。

 その原因が俺であることは確認するまでもなく。

 ただ。嬉しかった。・・・ありがとう。喜んでくれて・・・。

 歳は十になる一歩手前といったところかな。黒い髪に黒い瞳の女の子。

 これがたぶん、今生での俺の姉なのだろう。

 気配を周囲に張ってみるもそれらしき者は他にはいない。

 少し長めに背中の真ん中で整えられた艶やかな黒髪。前髪は眉毛の上で横一線に綺麗に切りそろえていた。触れてみれば、指の間をしなやかに流れおちることだろう。

 覗き込んでいるせいか、手の届きそうな位置に髪が下りてきていた。


「陽華、そのように間近で覗き込むでない。緋燕が驚くであろう」


 先程よりハッキリとした母の声が耳に響く。

 その声にひかれ、顔を上げる姉。

 おしいっ!もうちょっとで触れたのに・・・。

 指先の一歩手前で逃げてゆく黒髪に、名残惜しいものを感じる。

 ・・・残念。またにしよ。

 横向きに抱きかかえられていた身体が縦になり、視界が変わる。


「おはよう緋燕。眼は覚めたようだの。よく眠れたか?」


 ゆっくりと顔を上げ見上げる俺の直ぐ傍に、朗らかに柔らかくも優しく微笑んでいるのは、年齢二十代後半と思しきずば抜けた美貌の女性がいた。姉の様に真っ直ぐに伸ばされた鮮やかな朱色の髪。金色(こんじき)の日向の様な暖かさと力強い光を内包したやや吊り目の瞳。

 その容姿、一目見れば忘れることなく、人に強烈な印象を植え付けるだろう。

 この人が俺の母なのか?・・・。

 正直、驚きを通り越して唖然とする。

 まさか、自分の母親の顔に見惚れてしまうとは思わなかったぞ。

 じー・・・・・・。っと母の深い瞳に引き込まれてみれば。俺の全てを見透かされている様な気がしてきた。

 不思議と嫌な感じはしない。むしろ、安心して身を任せ委ねることが出来た。

 俺は一瞬だけ、眼を閉じるとむず痒い気持ちを落ち着かせた。

 それから今度は姉へと視線を移しこっそりと見比べる。

 色が違うがやはり親子なのだ。母と娘。双眸を含めて違いはあれど、そこへまとう空気と雰囲気が凄くよく似ている。いずれは成長し、落ち着けば、この姉も母の様な威厳と慈愛を兼ね備えた淑女となるのかも知れない。


「あ~・・・・」


 おはよう。そう二人へ返事をしようとするも、出てくるのは言葉にならぬ声。


「う~ぁ~・・・・」


 うん。やっぱり出るわけないか・・・。今の俺ってば赤ん坊だしな。

 改めて気づいたお間抜けな俺。

 赤ん坊の経験なんざ覚えてねェ~し。まっ、貴重な体験だとでも思えば良いやね。

 そう思い直し、赤ん坊ライフを満喫する。

 ゆっくり行こう。ゆっくりと・・・。

 何故か焦る心に戸惑いながら、俺はそう。己に言い聞かせた。


「母様。飛燕は何て言っているのかな?」

「うむ?・・・そうじゃの。・・・おはようっ。そう陽華に挨拶しているのかも知れぬよ」


 母の胸に抱かれた俺の横に立つ姉。

 期待に胸を膨らませながら尋ねる彼女に、微笑みながら答える母。


「ホント~!? 緋燕、私が君の(ねえ)様なんだよ。よろしくね」


 喜々として語りながら、俺の手に自分の手を重ねる。その手を力いっぱい握り返そうとしたものの、如何せん。俺の手は小さすぎた。子供である陽華の手の半分にも届かない。

 かろうじて掴めるのは彼女の指一本が限界だった。

 仕方がないので、今はそれで我慢してもらうことにする。

 ふふふふと。そんな俺に相好を崩す陽華。笑い方も母にそっくりだ。


「早く大きくなってね。そしたらたくさんお話して、たくさん一緒に遊ぼうね♪」


 そんな俺たち二人を慈愛の眼差しで見つめる母を感じる。

 俺はあったかくて快い空気で体中を満たされていた。


(しょう)(りん)。陽華はそこにいるかい?」


 母の腕の中で姉の言葉を聞いていた俺に、よく声の通った穏やかな音色が耳をつく。

 陽華が姉なら、梢燐は母か・・・。

 声の主は音を立てずに扉を開くと、ゆっくりと室内に入ってきたようだ。


(とう)様っ!」


 声でかっ!?

 俺の手から指を離すと叫ぶ姉。

 びくっ!と再び反射的に跳ね上がる俺の身体。

 吃驚した俺の体を抱きなおし、腕を組みかえる母。

 上からは呆れにも似た空気が降りてくる。言った傍から・・・。って感じにな。

 そんな俺たちのことを意識することも無く。声の主へと駆け寄って行く姉。


「陽華。やはりここにいたね。・・・老師が首を長くしながら修練場でお待ちだよ」

「あっ!いけない!・・・そうだった!」


 ばつの悪そうな姉の声。


「なに。・・・陽華は老師をお待たせしておったのか?」

「むぅ・・・。だって、先に緋燕に会いたかったんだもん」

「はぁ。やれやれ。・・・分かったから早く行きなさい。・・・ちゃんと謝罪するのだよ」

「分かってるっ!・・・ちゃんと言うもんっ!」


 そんな会話が肩ごしの向こう側。視界の外でなされている。

 流石の俺も真後ろを振り返ることなど出来ない。

 座り切っていない首と頭を支えてもらっている以上。尚更である。

 わずかに身じろぎしつつ考えていると、母は俺を膝の上で抱え直し、俺の視界に入るよう抱え直してくれた。

 頭と背中に柔らかい感触。両腕による束縛で俺の気持ちも随分落ち着いた。


「緋燕~♪またすぐに戻ってくるね~♪」


 陽華はパタパタと戻ってくるなり満面の笑顔でそう言った。

 それから俺の頭に手を置いて感触を楽しんでゆく。

 別段。不愉快ではないのでされるがままに身を任せる。


「・・・よしっ!」


 陽華は一声入れてから気合充填。クルリと素早く回転すると扉の方へ。

 扉を開けて外に出てからもう一度、閉じかけた扉の隙間からひょっこり顔を出す。


「―――それじゃー!父様、母様、緋燕。行ってきまーすっ!」


 そう言うと陽華は、ニッコリ笑ってバイバイと手を振るなり扉を閉めると駆けて行く。

 何とも。賑やかな嵐のような勢いの姉だ。

 それが俺の、彼女へ抱いた最初の印象だった。


「まったく・・・。あの子は・・・」


 そう言いつつ呆れた様に、それでいて苦笑にも似た声色で語る大きな背中。一本の青い紐で束ねられた髪が縦に揺れている。額に手を当てたその背中からは、そこはかとなく哀愁が漂っているように感じるのはご愛嬌だろう。


「ふふふ。・・・あの子はあれでよい。活発に真っ直ぐに育って行く。・・・それでよい。そうでなくてはな・・・。そうであろう?(よう)(こう)


 何かしらの思いを抱いているのだろう。姉の出て行った扉を見つめながら優しく語る母。

 見上げるその表情は柔らかく。その言葉には、何らかの強い願いが込められている。そんな気がした。


「そうだね。この時勢。あの子の様に育つことがどれほど難しいことか・・・」


 振り返って足を進め。話しながら眼前に立つ父。その姿を見上げる俺。

 顔の位置が高すぎてよく見えない。

 そう思っていると、彼は流れるような動作で中腰になると、俺に衝撃を感じさせることなくしなやかに母の腕から俺を預かり抱きかかえた。


「おはよう、緋燕。・・・元気そうで何よりだね」


 間近にある父の顔。濃い黒髪に黒い瞳。端正な顔立ちに太い腕。顎先で短く整えられたひげが良く似合っている。優しさと包容力。強さと誠実さを兼ね備えた人なのだろう。

 俺を見つめる満面の笑顔。母の方を見てみれば、木製の長椅子に腰掛けながら穏やかな目尻の緩んだ眼差しでこちらを見つめている。

 そんな父と母の表情を見るのが面映(おもは)ゆくて、俺は父の服の襟にしがみ付き、顔を隠す。

 絶えることの無い微笑みで見つめ続ける二人の気配を背中で感じる。

 まったく・・・。ジョウリの阿呆め・・・・。

 こんな家族。勿体なさ過ぎるだろ・・・。

 喜びを覆い隠し、捻くれながらも感謝する。

 泣きそうになった。嬉しかった。俺は彼らに望まれて、祝福されて生まれて来たのだと。

 俺はここにいても良いのだと。態度と言葉で示してくれる。


「それにしても。珍しくないかい?この刻限に、緋燕が起きているのは・・・・」


 父。陽晃は、俺を抱きかかえたまま母の隣に腰掛けると、そう切り出した。


「確かに。珍しいの・・・。それに、珍しいと言えば陽晃。・・・そなたに泣きだすことも無く、懐く姿を見るのも初めてではないかえ?」


 そうなのか?・・・俺ってばいきなりまずった?

 生まれてからの俺の行動がどうだったかなど、覚えている訳がない。

 内心では恐る恐る、葛藤しながら身を起こして顔を上げては、父の顔をチラッと除き見た。そこにあるのは先程と変わらぬ笑顔。ん?なんだい?そう聞いているような表情だ。

 次に母の顔を見上げてみる。

 すると、彼女は一瞬、面白ものを見つけた様な表情を浮かべた。

 俺の頭の上に母の手の平が乗る。さわさわと、未だ生えきらない産毛に触れた後。俺の頬を軽く指先の平で圧す。それからゆっくりと顔を近づけてくると俺の瞳を覗き込む。

 むぅ・・・。遊んでいるのか?母よ・・・。

 正直に言えば、未だ良く分からない感覚である。

 この人が母親なのだと、しっかりと理解している俺。にも関わらず、そのことをどこか信じ切れずにいる自分がいる。

 転生以前の記憶と今の俺。まだ少し上手く咬み合っていないのかも知れない。

 そう思った。

 もしかすると、それが違和感となり、伝わってしまっているのかと・・・。

 大丈夫。時間が経てば違和感も無くなってスッキリするはずだ。

 そう思いたい。で、なければ二人に失礼。って、いうより寂しいだろ。


「緋燕」


 母に名を呼ばれる。そして、思考に没頭しかけていた意識が現実へと引き戻された。


「・・・そなたは紛れもなく(わらわ)の子。・・・妾と陽晃がそれを望み、妾が腹を痛めて産んだのだ。そなたは妾達の大切な宝。・・・例え、天地がひっくり返ろうともその事実は決して変わらぬよ。・・・故に、何ら恐れることはない。・・・・・・安心して身を任せよ」


 そう耳元で小さく呟くように語られた言葉。

 俺にだけ聞こえるように、囁かれたその言葉。


 俺は思わず、ハッとして母の顔を仰ぎ見た。見てしまった。

 母のその深く澄んだ金色の瞳と目が合った瞬間。

 俺は唐突に理解する。

 この人は、俺が母達の言葉を理解していることに気付いている。

 そしてなにより、俺の感情や思いにも・・・。

 その上での言葉であると。

 それを理解した瞬間。

 俺の胸の中の奥底から、熱く、冷たく、突き刺さるような痛みが勢いよく堰を切ったかのようにこみ上げ、溢れ出す。

 その感情は俺の中の何かをぐしゃぐしゃにかき乱し、崩壊させた。

 同時に、俺の眼から止めどなく溢れ出す涙。


 何だこれはッ!? 何なんだッ!? 止まらないっ、止めることが出来ないっ!? 何で!!!

「あぁ~・・・。ムヴゥゥ・・・・・。むぅ~・・・ぐぐぐ・・・」


 声が出ない。

 ちゃんと泣けない。

 俺は今、赤ん坊なのに。

 泣くことが仕事なのに。

 泣き方がわからない。

 苦しくて混乱し、荒れ狂う感情の嵐。

 俺はただ、母の着物を必死になってギュッと掴むことしか出来ずにいる。

 母の胸に顔を埋めながら声を押し殺す。


 あぁ~っ!!・・・・。なんなんだッ!?とまんねぇ~っ!!


 身体の奥底から湧き上がり荒れ狂う激流。

 嬉しいのか、辛いのか、それすらも理解できず。

 自分でも訳のわからない感情に翻弄され、押し潰されそうになりながらも耐え凌ぐ。


「やれやれ。やはり、私よりも君の方が良いようだよ梢燐」


 少し残念そうな父の声。

 

 違うっ!?

 そうじゃないぞ、父!!

 そう伝えたかった。

 自分の感情を制御できずに振り回されているだけなのだ。と・・・・。


「よしよし。―――大丈夫じゃ、緋燕。少し落ち着くがよい。・・・大丈夫。母はここにおる。案ずるな。・・・・・そなたはそなた。そなたが己の足で立ち、巣立つその時も。消えはせぬ。・・・焦らずともよい。ゆるりと大きゅうなればよい」


 母の言葉は俺の胸の奥底にある深淵にまで染み渡り、混乱し制御不能となった思考と感情を緩やかに解きほぐす。

 少しずつ少しずつ・・・・。

 氷塊を溶かすように、強張った心と身体を和らげる。

 ほんとうに・・・・。少しずつ。


「緋燕・・・」


 ぎゆぅ~~~と、優しくも強く抱きしめる母の腕。

 俺の意識も、ようやく手の届くところまで下りてきた。

 心が、身体が落ち着きを取り戻す。


「よし、よし。・・・大丈夫。大丈夫。・・・そなたが案ずることは何もない。妾は決して、そなたを捨てはせぬ。・・・幾度でも語ろう。そなたはそなた。そなたの代わりなど他にはおらぬ。誰一人、とって代わることはない」


 母は俺を抱きしめ、あやしながら。何度も背中をさすり、そう言った。

 俺はこの時。この一瞬で、唐突に全てを理解した。

 自分のこの感情がなんなのか。

 自分が何を感じたのか、自分が何を蔑ろ(ないがし)にしてきたのか。

 そして何に恐怖していたのかを・・・・。

 怖かった。

 怖くて、怖くて。ただ、たまらずに。ずっと、見ないふりをしていた。

 気付かれることに。

 俺が普通でないことに。

 気付かれて、怖がられて、嫌われて・・・・。

 ―――そしてまた・・・・。

 捨てられる。


 十九歳の俺の意識は、理性という名の蓋を被せて、溢れ出すその奔流を押し留めていた。

 そんなのは関係ないっ!そう思い込もうとしていた。

 赤ん坊として新たに生まれ変わったことで、理性を抑えることが出来なくなったか。

 いや、違う。・・・・無くなっていたんだ。―――その必要が・・・。

 そして、それらの感情を理解した上での発言であろう母の言葉。

 心の底からくる迷いの無い、慈愛を持ったその言葉に。

 不安な気持ちと嬉しさが、綯い交ぜになって爆発した。

 そうか、そうだったんだ・・・・・・。

 な~んだぁ~・・・・。そういうことか・・・ははは・・・・・・。

 意識の奥底にあったもの。

 暗く底知れぬ闇として、へばり付いていた不安という名の重みのある城壁。

 それが、音を立てながらゆっくりと崩壊し、光となり消えてゆく。

 そして、俺は泣いた。

 泣くことが出来た。

 わぁわぁと力の限り、全てを吐き出し清算するように声を上げる。

 普通の赤子と何ら変わることなく、紡がれる声。

 それは本能のまま、純粋無垢な、生命の在るべき姿。

 俺は未だ何物にも染まらず。何者にも変化することが出来る存在なのだと。

 可能性に満ち溢れた未来というものに、本気で感謝した。

 俺の全てを受け入れてくれている今生の母に、心の底から感謝した。

 肩の力を抜き、己の全てを委ねながら、落ち着くまで泣き続ける。

 しばらくそうしていると、胸の内に暖かな微睡(まどろみ)が再び訪れた。

 しゃくりあげ、喉を鳴らすも、先程までの勢いはなく。


 訪れるのは静寂と静穏。

 心は平らに、凪の海の様に・・・。風が騒がすことも無い。

 これ以上はもう、揺れることは無いだろう。


 視界がぼやけ、瞼が次第に重くなる。



 歌が聞こえる。

 優しくも暖かく。快い。母の紡ぐ子守り歌。

 静かに、閉じた瞼を震わせて、深く深く、息をする。

 それから一度、ゆっくりと息を吐き出すと。



 そして俺は、再び、微睡の中に身を委ねた。


 次話。少し、間が空くかもです。

 今月中には上げたいと思います。

 

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