視線とその先
恋愛を描くのは難しいです。練習のためなので大目に見てくだされば嬉しいですヒィ
怖いなあ。
其れが私の彼に対する第一印象でした。
侍女である私が彼をお見かけ致しましたのは魔王にさらわれたリリアーナ姫様が帰ってきた時です。歓喜で滂沱と涙を流したのを覚えています。
気合と根性で涙を止め、陛下へお目通りするため謁見の間までレッドカーペットを歩む彼らを感謝してもし切れない想いで拝見します。
姫様がお可愛らしく陶器のように白い頬を薄桃色に染め、ピタリと腕にくっついているのは勇者様でしょう。綺麗な顔立ちをしておいでで、細身でお若い方とお見受けしました。
絶世の美少女と称された姫様(実際はそんな言葉では讃え切れませんが)のお隣に立たれてさえ見劣りしない勇者様。お二人のお似合いさに内心複雑な思いです。
姫様も恋をなされるお年ではあると解っておりましたが、少々寂しいものです。
お二人から視線を外しますと、勇者様のお仲間でいらっしゃる方々が後ろで会話に花を咲かせておられました。
女性が4人、男性が二人。
踊り子の様な華やかな服装の女性、重厚な鎧を纏った女性騎士、一目見て高級であることが分かるローブを着た女性魔導師、キモノといった何処かの民族衣装を着こなす刀を携えた女性。
どの方も見目麗しく、人目を引きつける容姿でいらっしゃいます。眼福です。
姫様がお美しいのは揺らぎませんが、甲乙付けがたい女性陣に不敬にも姫様負けるかもなんて思ってないですよ決して。
男性陣はと言いますと。
沢山の用具を服の其処かしこにぶら下げた野性的な印象のある鍛冶屋らしき方と、独特の雰囲気を其の背に背負い周りを軽く威圧する騎士の方でいらせられました。
やはりどちらも精悍なお顔立ちです。正直に申し上げますと、勇者様よりも男性らしい魅力に溢れていると言えます。
不躾にならない程度に勇者様ご一行を眺め、満足すると目を逸らし陛下へ彼らの報告をしておられる宰相様へと目を向けた其の時、強い視線を感じました。
侍女という職業柄、他人の視線には自然と鋭くなるものです。
視線の先を探ると、彼、騎士様が此方を見つめていらっしゃいました。
背後を確認しましたが壁しかなかったので間違いでは無いかと思います。
目がバッチリガッチリ合ってしまったのに少々狼狽えましたが、そんな事を表に出すようでは姫様の侍女など到底務まりません。
いつも通りの笑みを作り、小さく目礼させて頂きました。
騎士様も頷くような礼を返して下さりました。間違えではなかったようで一安心です。
礼をしあったものの、視線を外される事はありませんでした。
どうも、騎士様は視線にまで威圧感を載せてくるようで、そこはかとなく視線だけで身が焦げる思いがします。
然し、此方から視線を外すというのも気が引けます。無礼だと思われますと姫様にまで迷惑が掛かってしまう可能性だってなきにしもあらずなのですから。
どうしようかと考えあぐねていますと、お声がかかりました。侍女長です。
これに乗らない手など御座いません。なるべく足音を立てないよう、もう一度小さく礼を取ると後ろにいらっしゃる侍女長と共に謁見の間を退室するべく歩き出しました。
退室する間も、視線が背中に刺さる、というより背中を焼くのを感じました。
(わたし、何かしたっけなあ。)
お陰様で、騎士様への第一印象は『怖い』で決定となりました。
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陛下のご息女が攫われたことに混乱する国の少しでも力になろうと勇者の一行に参加した旅も、漸く集結を迎えた。
疲れた。この一言に尽きる。
勇者が行く街行く町で女性を陥落させていくのがその際たる原因だ。
俺にとっては魔王も唯のクソガキ…失礼、幼い少女にしか見えなかった。あんな武器持っただけのガキに怯えていた自分が憎い。
膨大な魔力を所持していようとも、幼体でいるという事は未だコントロールが未熟な証拠だ。癇癪を起こしやすいのも精神が幼いと言っているようなもの。
更に、自分を打ちのめした勇者に惚れるなど思考回路が読み取れない。仲間に魔王が幼女でドMなどとは口が裂けても言えまい。
加えて、王女まで勇者にゾッコン。帰路は俺の精神をズタボロにしてくれた。
城内に入るも、気分の悪さなど治るわけがない。周りが涙も含んで歓迎しているのに腹が立つ。魔王の正体を大声で暴いてやろうか。
そんなささくれ立った気持ちも、陛下にお目もじ仕る時には少しマシになっていた。少なくとも周りを冷静に見る事が出来るくらいには。
無駄に豪勢な真っ赤な絨毯を踏みしめる。騎士団長という位を拝命した時も使われたが、どうも柔らかすぎて気持ち悪い。
陛下の待つ謁見の間の真ん中で足を止める。宰相が掻い摘んだ報告をしているお陰で勇者のタラシっぷりは誰にも伝わらない。
其の時、一人の侍女が目に入った。
宰相へ目を向けているあの小娘は、アリール・カローレン。
この辺りではあまり珍しくもない深い焦げ茶色の髪に幼さの残る緑翠色の目、小柄な背丈に凛とした佇まい。
一度見ただけでは印象に残りにくい容貌だが、流石は王女の侍女。何処にいようとも見つけることが出来る。
きっとあの小娘は王女が戻った事に嬉しがるだろう。
そう思うと少し気分が上昇した。
何故か目を離せない小娘を見ていると、此方に気付き振り向いた。
一つひとつの動作が小動物のようで見ていて飽きない。
俺が見ていたことに驚いた様子を見せたが、直ぐに周りを見渡す。もう一度此方を見てきて、もう一度視線がかち合った。
つい、あの柔らかそうで香水も付けていないだろうふわふわとした髪に触りたい衝動にかられる。場所が場所だし、まず俺は知っていても相手が俺を知らないだろう。
すると、小さく笑って礼を取ってきた。
此方も礼儀に則り礼を返しておく。
久々にみたあの笑みに、こっちが笑いたくなるくらいの喜びを感じた。
今直ぐにでも小娘の髪を掻き回したい。ちまっこい小娘はどんな反応を返すのか。
取り敢えず頭が目を逸らすのを拒否したので見つめておく。また視線が絡む。
そうしていると、多分侍女長だろう壮年の女が小娘の肩を叩いた。何かあったようだ。
小娘は、また礼をすると侍女長と共に謁見の間から出ていった。
足音を立てまいと爪先で歩き出す小さな背を退室する間見ておく。あんな小動物みたいなのが王女の側にいて大丈夫なのだろうか。
少し、心配になってきた。
陛下がお話なさる頃には、いつの間にか気分は良くなっていた。
主人公は何処にいても見つけにくい子です。
目で追っちゃうのは騎士団長くらいです。
騎士団長は彼女が何故気になるのか分かっていないようです。