告白と”えんげーじぼーる”
相変わらずのへったくそ文章で恐縮です
一応三題話です
僕と彼女は、本当に幼い、物心つく前、幼稚園からの付き合いだった。
しかし、世間一般で言われる”幼馴染”とは、幾分か違った間柄だった。
家を二軒挟んで、さらに向かいの位置関係にお互いの家があった僕らは、
幼稚園までは一緒だったが、ギリギリ数十mの差で校区が違い、
同じ小学校には通わなかった。
中学以降も、体を動かすのが好きな彼女と、
絵ばかり書いていた僕とでは自然進路も違い、
学歴が二人の間で重なる事はなかった。
しかしただの”ご近所さん”という訳でもなく、
お互いに少なからぬ交流はあった。
近所に同じ年齢層の人間が少なかった僕たちは、
幼い間は性別なんかまるで気にせず遊んだし、
物心ついてからも、会えば少しの立ち話する程度の距離だった。
しかし小学校でも3年生になると、学校の級友と遊ぶことが多く、
彼女も同じだったようで、結局僕たちがいつも一緒にいたという時間は、
幼少期の極々一部だけだった。
だから、その時僕たちは『それ』の本当の意味なんて分かっていなかった。
けれど、ただの戯言と思って忘れる事も、出来なかった。
『ね、このビー玉、それと交換しよ』
『えー、なんで?』
『ほら、”えんげーじりんぐ”の代わり』
『えんげー……??』
『とにかく、結婚式には必要なの!』
夕暮れの公園の中、砂で作ったケーキを前に、
ただの遊びの最中に道具として交換したビー玉を、
僕はいまだ――――今年26の身になってなお失くさずに持っていた。
あの夕暮れの中で、僕たちが本当は何を思っていたのはかもう忘却の彼方だ。
けれど、今記憶にかろうじて残る、幼い彼女のはにかんだ笑みと、
それに抱いた胸の痛みが恋心だとするなら、あれが僕の初恋だった。
「くそ」
僕はコンビニの屋根の下で、雫の垂れる前髪の隙間から恨みを込めて空を見上げた。
そこには今朝の気象予報士の証言とは裏腹に、雲が厚く立ちこめ、
篠突く様な雨脚で、傘を持たず歩くのは色々と億劫だ。
「くそ、70%どうした」
今朝の予報しに恨みをぶつけるも、
晴れると確約したわけではない彼女を恨むのはお門違い、
どんどん惨めな気持ちになる。
急に寒さが背筋を上ってきて、僕は体をブルッと振るわせた。
雨の日は晴れているより寒くないと昔から言われるそうだが、それは絶対に間違いだ。
古来より幾人が雨に濡れたおかげで風邪を引いたか。
雨脚は残酷にもどんどん激しくなる。
まずいな、これはもうひとっ走りか?
気乗りしないがいつまでもこんな所にいる訳にはいかない。
しかたなく屋根の下から一歩足を踏み出した瞬間、
「あれ? ああ! 久しぶり!」
そこには懐かしい、彼女の顔があった。
「いや、ホントに助かった、ありがとう」
彼女の部屋はコンビニから近かったらしく、
そこまで緊急非難+乾いたタオルとホットコーヒー
(砂糖とミルクをたっぷりと)を恵んでもらった。
感謝の言葉もない。
「いいよいいよ、気にしないでさ」
そう言って彼女は食器をガチャガチャ豪快に洗っている。
彼女は昔から全く変わらない豪快で活発さだ。
彼女は根っからのスポーツマンで、
今はスポーツ事務のインストラクター、一方僕は画家
(職業は世間でイラストレーターと呼ばれるが、子供の頃からの自称がまだ抜けない)
で、お互いに実家を出てから顔を合わせていないから、
互いの近況はほぼ全く知らない。
「相変わらずだね」
「そっちこそ相変わらずなよっちいな」
「それは余計なお世話だ」
この会話も中学時代から繰り返されてきたものだ。
「いつぶりだっけ?」
「んー、直接会ったのはあたしの国体が最後じゃないか?」
「ああ、じゃあ4年前?」
「んん、多分それくらいだ」
大雑把な事で。
僕は苦笑して、借りていたドライヤーを脱いだ上着にあてた。
「あー!鬱陶しい!!」
がしゃんと乱暴に食器を置く音がして、
彼女がキッチンスペースから出てきた。
「終わった?」
「いや、まだ半分ほど残ってるけど……
いいんだ、私は食器を完全に片付けるのは正月だけだ」
「それ、いいの?」
「いい、食器はいっぱいあるし」
「いや、僕が聞いたのは女性として、なんだけど」
「そういえばこの部屋にサンドバック無かったな」
「ごめんなさいすいませんでしたお許しを」
「分かればいい」
そう言って彼女は僕の正面に座ってハンドクリームを塗り始めた。
彼女は全体的に豪快だが、こういうちょっとした幾つかの部分が非常に繊細だ。
彼女の敏感肌では長時間潜在で食器洗いをするのが辛いのか、
クリームは丹念に指先から塗られていく。
まじまじ眺めるわけにもいかず、視線を持て余した僕は、
何気なく部屋を見回していた。部屋にはトレーニング器具のほかには、
テレビと幾つかの棚がある程度で、ぬいぐるみも化粧台もない、
実に質実剛健な家具ぞろえだ。
苦笑しながら、今度は男の匂いに気をつけて見回してみるが、
予想どおり皆無だった。
「相変わらず色気がないなぁ、恋人は?」
「貴様さっきからよほど死にたいと見える」
「いいえ、滅相も無い」
口調に余裕がないよ。
苦笑を通り越して少し鼻白む。
「まったく、相変わらずなよっちいクセにそういう所でデリカシーがないな」
ぼやきながら向こうの口調にも苦笑が混じる。
そんな、数年ぶりの彼女との懐かしいやり取りにひたりながら、
僕はカフェオレとかしたコーヒーを傾ける。少し冷えてしまったが、
それでも変わらない美味さだ。
カップをほとんど開け、天井を見上げる。
互いに顔も合わせなくなって何年も経つのに、
彼女の部屋に来るのは初めてのはずなのに、
気付けば僕は、まるで実家に帰ってきたときのように、
いや、それ以上に安心してしまっていた。くつろいでしまっていた。
何故だろうと思うよりも先に、恥かしくて仕方なかった。
そんなこととっくに自明だ。
彼女は僕の事を遊び歩いていると思っているようだが、
僕に彼女がいた事は、人生で一度も無い。
女性に好かれなかった、という訳ではなく――――
恥かしさでうつむくと、たまたま彼女の携帯が目に付いた。
真っ赤な、スポーツカーを思わせるワインレッドのボディに、
ぶら下がる朱色の鞠のストラップ。
「これは……」
「いいだろ? 友人にこういうのが好きな娘がいてな。特注品なんだ。
……って、これ前に見せたぞ? 確か中学のとき」
「そんなにつけてるの?」
「ああ、初めて携帯を持ったときからだな」
彼女は携帯を取り上げ、はにかんだ様に笑って携帯を振った。
「ずっとつけてるの?」
「ああ、私の宝物だ」
そういって、彼女は得意げにくるくるとストラップを回し――
僕の顔に当たった。
「いて!」
「ああぁぁあああぁ!!」
千切れたストラップはその糸をゆるゆると解かせながら僕の手に落ちた。
彼女は悲痛な声を上げながら僕の手を覗き込んだ。
「ああぁぁ」
「直り……そうかな?」
鞠は糸が完全に解け、核となっていたビー玉がむき出しになっている。
彼女は残念そうに首を横に振ると、解けた糸と一緒に僕の手から取り上げ、
部屋で一番よく見える棚のうえにそっと置いた。
解けた糸の上に、転がらないように置かれたビー玉は、
ちょうど乳白色を主体にして赤い螺旋が入った模様で、
鳥の巣に安置された不死鳥の卵のように見えた。
僕はそのビー玉を見つめたまま、言葉を失った。
それは確かに、僕達がいつか交換したビー玉だった。
「……それって」
「………………」
彼女はしきりに、むしろ執拗にクリームを塗っていて、
手元に視線を落としたままこちらを見ない。
僕は、意識を呆然とさせたまま、
上着のポケットを探った。
僕の頭であのときの記憶が、鮮明に映し出される。
黄金に世界が染まった、あの刹那の時間。
たった二人の、誰にも言わなかった約束。
何も知らない子供の、けれどだからこそ嘘偽り無い純粋な想い。
一体僕は、僕達はどこまで馬鹿なのだろう。
どこまで、鈍感なら気がすむんだろう。
ポケットから取り出した小さなお守り袋をそっとあけ、
中から二十年以上肌身離さなかった宝物を出し、
彼女のビー玉の隣に添えた。
「これは僕の……僕の一番大切な女と交換した物なんだ」
乳白色が主体の、青い螺旋が入ったビー玉。
「幼い頃に、約束して取り替えたんだ。とても大切な約束と一緒にね。
君は僕の事を遊び人で節操の無い女垂らしだと思ってるようだけど」
僕は彼女の方をしっかり見て微笑んだ。
彼女も、呆然と僕のほうを見たまま、
けれど視線だけは僕の目を見たまま揺るがなかった。
ああ、こっ恥かしい。ああ、キレイだ。
どうして。昔からちっとも変わらない。
「その女が忘れられなくて、恋人なんて生涯作らないって事にしてるんだ。
馬鹿馬鹿しいけどね、僕は画家だから。
夢見がちなくらいで丁度いいかなって」
彼女は途中から顔を真っ赤にして俯いている。
「そういうのは」
「ん?」
「そういうのは保険作った上で私に投げるな」
「そういうつもりじゃないんだけど」
苦笑して彼女の手をとる。
ハンドクリームで少しベタついていたが、構わず握った。
「今も昔も、僕は君のことが好きです。
今更で申し訳ないけど、もし良ければ僕と付き合ってはくれませんか?」
「遅いんだよぉ」
なぜか涙目な彼女。そういえば涙もろかったっけ。
「私が! 何回! お前に言おうとして……!」
途中からすでに言葉になってない。
ゆっくり抱き寄せると、思いっきり背中を拳で殴られる。
咳き込む僕を今度は力いっぱい抱き寄せられる。
「これ、僕の役割なんじゃないの?」
「しるか! 仕返しだ! 私が何年待ったと思ってるんだ!?」
「ま、いいですけどね」
僕達はそうして、しばらく抱き合ったまま、恐らく同じ事を考えていた。
一体体を話したときどんな顔すればいいんだ?
今更、どんな表情をすれば!?
こうして、ある意味今更で、ある意味やっとのことな二人は、
数時間抱き合い続けた、というのが、僕達の初恋の結末だった。
お題分かりましたでしょうか?
お題は”ビー玉” ”ハンドクリーム” ”告白”
です
落ちがヨボヨボなのは気のせいです
現在、三題話お題募集中!
どんなお題でも恋愛小説にしてやんよ!(嘘です)