董卓と呂布の悲運の鴛鴦伝—— 野史の恋
野史シリーズ1作
苦命鳴鴛鴦伝 ―野史記―
あらすじ
最強の武将・呂布と、暴虐な太師・董卓。もともと敵同士だった二人が、一夜の過ちをきっかけに運命を絡ませる。
「義父子」の仮面の下に渦巻くのは情か、欲か、それとも憎しみか?
すべては方天画戟、そして一人の美女・貂蝉を中心に動き出す。
序章 縁というものは、実にわけのわからないものだ
董卓。字は仲穎。隴西の人。
呂布。字は奉先。九原の人。
世間の人が知っているのはただ一つ、董卓は暴虐で苛烈、呂布は勇猛で横柄だということ。だとしたら、なぜこの二人が「父子」と呼ばれ、やがて仇敵になったのか?
答えは単純だ。二人は本当の親子ではない。利害のために結びつき、情から始まり、怨みによって終わる。ただそれだけの、実に人間臭い物語。
ただし、その「情」の形は少し普通ではない。普通ではないどころか、とんでもなく歪な形だ。
後世の好事家が巻頭に残した狂詩がある。
忠義の二文字、超脱し難し
父子の情、海角まで届く
変転の結末を問わば
野史に記されし苦命の鴛鴦を見よ
……まあ、覚悟を決めて読み進めてほしい。
第一章 董卓、都に入る――そしてすべてが狂いだす
物語は大将軍・何進から始まる。
何進は宦官を討とうと、密かに董卓を都へ呼び寄せた。ところが情報が漏れ、何進のほうが十常侍に殺されてしまう。
袁紹らが宮中になだれ込み、宦官を見つけ次第殺した。髭のない無実の男まで誤って殺される有様だ。十常侍は天子を人質に逃げ出し、道中で次々と討ち取られ、最後には少帝と陳留王だけが荒野でひどい目に遭いながらさまよう。
そのとき、董卓が軍を率いて現れた。
――これで、御輿を救った功績を手に入れた。
董卓は軍を率いて都に進駐する。涼州の兵は風習が荒々しく、略奪や焼き討ちを繰り返し、都の民の怨嗟は絶えなかった。董卓自身も自分がやりすぎだとわかっていたのか、李儒にこう言った。
「中原の人間は、実に弱っちい。だからこそ十常侍のような連中が権力を握るのだ」
李儒はそれを聞いて、ただ笑って黙っていた。
李儒は涼州軍の軍師である。腹の底が深く、野心に満ち、董卓は彼の言葉を何でも聞き入れた。
涼州の鉄騎、関を越えて来る
天子が塵にまみれ、哀れなり
武夫に大志なしと誰が言う
伊霍の計、人を惑わす
第二章 廃立の宴――立ち上がった男
董卓は都に駐留し、宮府を出入りし、大臣たちと交わった。あまりに凶悪なので、恐れて逃げ出す者も多かった。
ある日、董卓は李儒に言う。「今の天子はあまりに臆病だ。陳留王には及ばない」
「帝は弱く、宗廟を奉るに足りません。陳留王は幼いながら礼節と知恵が帝に勝っております。公は伊霍の事を行ってもよろしい」
伊霍の事とは、伊尹や霍光のように皇帝を廃し、新しい君主を立てること。つまり廃立である。
董卓は大喜びした。「これが成れば、俺も大功臣だ!」
そこで諸臣を集め、宴席で公然と廃立を持ち出した。
大臣たちは顔を見合わせ、誰も口を利かない。
ただ一人、立ち上がった男がいた。
「涼州の夷狄め、何の功もないくせに、庙堂のことを妄りに語るな!」
董卓が睨むと、それは并州刺史・丁原だった。
董卓は怒り、剣を抜こうとする。そのとき丁原の背後から一人の猛将が現れ、怒りの眼で董卓を睨みつけた。
李儒は慌ててなだめる。「太師、酔っておられます!」
「……宴席の上で国事は問わぬ。どうぞお飲みください」
丁原は机を叩きつけて席を立った。
その夜、董卓は李儒に問う。「丁原の背後にいた男は誰だ?」
「丁建陽の義子、呂布です」
「真に英雄だ!あいつを手に入れたい」
「君臣父子の情、簡単には断てませんよ」
董卓は黙り込み、不満そうな顔をした。
第三章 敗走――森の中まで追いかける男
翌日、丁原は配下の兵を率いて城外に陣を張り、挑戦状を送ってきた。
董卓は自ら張済・李傕・郭汜を率いて迎え撃つ。陣前で董卓と丁原が罵り合ったあと、董卓は部将の李傕を出撃させた。
李傕が突撃したとき、丁原の中軍から一将が躍り出た――呂布である。
呂布と李傕が交戦し、三合も経たないうちに李傕は敗走した。
「全軍進撃せよ!」丁原の一声で董卓軍はたちまち崩れ、陣形が乱れた。
董卓は慌てて撤退を命じた。
そのとき、呂布に見つかってしまう。
呂布は画戟を手に、董卓の首を狙って突進する。董卓の親兵が阻もうとするが、瞬く間に薙ぎ倒された。
「この賊、俺の手で死ぬべきだ!」
呂布は兵たちに残りの涼州軍を追わせ、自分は単騎で董卓を森の奥へ追った。
董卓は年こそ取っているが、若い頃は豪傑と呼ばれ、騎術に長け、涼州の良馬に乗っていた。一時は呂布を振り切れそうになった。
だが呂布は離さない。影のようにつきまとう。
長く追い続け、馬が疲れ果てた。董卓は甲冑を捨て、軽装のまま徒歩で逃げる。呂布も馬を降り、追跡を続けた。
時が経ち、空が暗くなってきた。体力が尽きかけた董卓は、林の中に土の祠を見つける。
「神様、助けてください!生きられたら、必ず祠を修繕します!」
彼は祠に逃げ込み、神像の裏に隠れた。
やがて呂布が祠の前にたどり着く。姿が見えない。「きっとこの中に隠れている!」彼は扉を蹴り破った。
夕暮れで祠の中は薄暗い。神像と柱があるだけの簡素な祠。呂布は一つずつ神像の裏を確かめる。
董卓は神像の裏で戦慄し、隙を見て逃げ出そうとした。足がすくんで思うように動かず、体がぶつかって音を立ててしまう。
呂布は音を聞き、戟を突き刺す。戟の穂は柱に突き刺さった。
抜いて、もう一突き。
董卓が避けようとしたが、敏捷な呂布の動きにはかなわない。
……だがその瞬間、呂布の心に一つの考えが浮かんだ。
「董卓は弓馬に長け、名は聞いている。今は無様だが、なかなかの豪傑ではないか……」
ふと、殺意が消えた。
董卓の姿を眺め、呂布はつぶやく。
「公、生きたいか?」
「将軍、どうかお助けください!」
呂布は戟を斜めに構え、問う。
董卓は呂布の様子を見て、相手が色心を起こしたのだと悟った。命のため、従うほかない。
「将軍の言う通りにします……」
その後、二人は神像の下で時を過ごした。
「将軍は本当に当世の英雄だ。卓は心から敬服する」
「公もまた英雄だ」
董卓は呂布の役職を聞き、主簿だと聞いて驚く。「それほど低い役職なのか!」
「主公の側近だ、地位など問題ではない」
董卓は呂布の不満を聞き取った。「丁建陽は武人を軽んじているのだろう。俺には兵二十万、良将十員がいる。将軍が俺についてくれれば、上将に任じ、列侯に封じよう」
呂布は長く沈黙した。「義父には知遇の恩がある。軽んじられてはいても、大きな過ちはない。裏切るわけにはいかない」
「将軍は義を重んじる人だ」董卓は嘆いた。
夜明け、二人は祠の前で別れる。
「では、将軍。これで」
「では」
だが、この別れの姿を、丁原が呂布を探しに遣わした小卒が目撃していた。
豪傑は豪傑を惜しみ、一夜の情は尽きず
良き主を探そうと思えど、旧き恩が邪魔をする
小卒はそのわけを知らず、ただ密告する
丁原は疑いを抱き、禍根を残す
第四章 五十の杖――義父の怒り
呂布が陣に戻ると、侍者が告げる。「主公は主簿の安否を心配しておられます。早く謁見してください」
呂布は丁原の幕舎に入る。
「奉先、なぜ帰りが遅かった?」
「追撃して森に迷い、遅くなりました」
「嘘をつけ!」丁原は怒鳴る。「俺が遣わした兵が見たという。呂布は董卓と別れて戻った、内通しているに違いない!左右、縛り上げて斬れ!」
呂布は数十人に押さえつけられ、縛り上げられた。
「義父!たった一人の報告を信じるのですか!」
周りの者が諫める。「呂主簿は主公の信頼する義子で、戦場で幾度も功を立てています。死罪は免じてはどうでしょう」
丁原は思いとどまった。「証拠はないが、疑いは晴れない。死罪は免じ、杖五十とせよ」
五十の杖である。
呂布は半死になるまで打たれ、兵に支えられて幕舎へ戻った。
疑いの念が芽吹けば禍根となり
英雄を杖で打つは道理にあらず
父子の恩はすでに薄れ
西風が寒さを運んでくる
その夜、床に伏した呂布の瞳は、少しずつ変わっていった。
第五章 赤兎馬と金宝――李粛の誘い
一方、董卓は呂布と別れたあと、日々その姿を思い、食も喉を通らなくなった。
李儒が見かねて問う。「太師、病気ですか?」
「いや。呂布のことが気になってならない」
董卓は祠での出来事をすべて話した。李儒は笑う。
「心配することはありません。丁原と呂布の間に亀裂が入っているとは、思いがけないことです」
「どうすればよい?」
「軍の李粛は呂布の同郷です。金宝と良馬を持たせ、言葉で誘いましょう。丁原を討ち取らせ、太師のもとへ帰順させるのです」
「よし、その通りに」
その夜、李粛は金宝と赤兎馬を携え、呂布の陣の前を訪ねた。
「長らく会っていなかった、挨拶に来た」挨拶を交わしたあと、贈り物を差し出す。
「賢弟は勇猛だと聞く。どのような役についている?」
「恥ずかしながら、主簿に過ぎません」
「当世の猛将である賢弟が、なぜ文の役職に甘んじている?」
呂布はついに胸の内を明かす。「兄上、陣の者たちは私の役職が低いと見下すのです。丁建陽は義父子とはいえ、一向に恩をかけてくれない。先日も、ただの密告だけで私を殺そうとしました」
「丁建陽は明主ではありません。兄弟が他へ去る気なら、高位と厚禄を約束しましょう」
「誰のもとですか?」
「今の太師、董卓です」
呂布はためらう。「董卓は粗野だと聞く。本心で接してくれるかどうか」
「太師が賢弟を得れば、必ず重用します。丁原の首を贈り物にすれば、前途は約束されます」
呂布は考え込んだ。丁原は自分を軽んじる。董卓は以前から自分を望んでいた。
「兄上の助言、受け入れよう」
その夜、呂布は丁原の幕舎に忍び込み、用事があると偽って近づき、首を斬り落とした。
呂布は丁原の首を掲げて軍に呼びかける。「丁建陽は無道。俺はすでに討ち取った。去りたい者は去れ、残りたい者は残れ。逆らう者は俺と戦え」
兵たちは誰も逆らえない。半分は逃げ、半分は帰順した。丁原の軍はここで崩壊した。
第六章 義父と義子――両面の関係
呂布は首を持って李粛に会い、李粛は大喜びで夜を徹して涼州軍へ連れて行った。
夜明け、呂布は主将の幕舎に入り、丁原の首を捧げる。董卓は大喜びした。
呂布はひざまずいて言う。「布は半生を流浪し、明主に巡り合えずにいました。公が捨てないのなら、義父として拝し、犬馬の労を尽くします!」
「我が子よ、早く立て!」
その場で呂布を中郎将に任じ、都亭侯に封じた。
それから二人は離れなくなる。食事は同じ机、休むときも同じ床。
表向きは董卓が呂布を統べる君臣、父子。
裏では呂布が董卓に寄り添う、別の関係だった。
董卓は呂布の力を得て勢いを増す。少帝を廃し、陳留王を立てる――後の献帝である。董卓は相国となり、腹心たちを大きく封じ、呂布は温侯に封じられた。
諸侯の連合軍も彼らを崩せず、董卓は長安へ遷都して鋒を避けた。大事な決定は李儒に任せ、軍務は李傕・郭汜に預ける。
自分は日々呂布と過ごし、宮府を横行した。
大臣たちは恐れ、黙って見過ごすほかなかった。
第七章 貂蝉、登場――美人計が動き出す
数ヶ月後、司徒の王允が宴を開いた。
董卓が宴に赴き、呂布は傍らに控えていた。
「温侯も席についてはどうか?」
「相国の許しがなければ座れません」
「我が義子なのだ、座れ」
呂布は席に着いたが、視線はずっと董卓を追っていた。
酒が進んだところで王允が言う。「不才に養女が一人おります。年は十六。相国の威名を慕っており、席で舞を披露したいと望んでいます。相国の意を伺わずには入れられません」
「構わぬ、呼べばよい」
奥から少女が出てきた。月を閉じ花を恥じる、世にも稀な美しさだ。
礼を述べ、舞を踊る。舞い終わったとき、董卓の目は彼女から離せなくなっていた。その様子を、呂布はすべて見ていた。
「妾は貂蝉と申します」
「実に美人だ!」
呂布の顔色は曇り、不満があふれ出す。
王允がタイミングよく口を開く。「小女を相国の妾として差し上げたいのですが、いかがでしょう?」
「司徒の厚意、ありがたく受ける!」
宴の終わり、王允は言う。「娘は養女ですが、長く育ててまいりました。母と別れを告げさせてから、改めて相国府に送ります」
その夜、呂布は宴の出来事に苛立ち、いつもと様子が違っていた。董卓は貂蝉のことで頭がいっぱいになっていた。
月を閉じ花を恥じる美人一人
舞い終わりて権臣の心を動かす
温侯の方天画戟は
今宵、その出番を待つ
第八章 鳳儀亭の変――戟が飛んできた日
数日後、貂蝉は董卓の府に送られた。
董卓は貂蝉を手に入れ、寵愛した。貂蝉はもともと呂布に心を寄せていたが、計画のため、従うふりをする。
貂蝉を得てから、董卓は長く呂布を呼ばなくなった。疎まれた呂布は李儒に愚痴をこぼす。
「相国は新しい妾を得て、しばらく浮かれているだけだ」李儒は答える。
ある日、呂布が府を訪ねると董卓はおらず、裏庭へ足を運んだ。
貂蝉は鳳儀亭で佇んでいた。呂布を見て、心の中で思う。「好機だ」
「相国の義子であるのに、なぜ避けるの?」
「人の噂が恐ろしいのです」
「丈夫が市井の噂を恐れるの?妾は暇です。将軍、そばにいてください」
呂布は早く立ち去ろうとしたが、貂蝉の誘いに引き止められる。
そのとき、董卓が裏庭へやってきた。
「奉先!俺の愛妾に手を出そうとしているのか!」
呂布は弁明しようとしたが、董卓は鉄の戟を掴んで投げつけた。呂布は慌てて身をかわし、戟は柱に突き刺さった。
呂布はその場から逃げ出した。
これをきっかけに、董卓はますます呂布を遠ざけ、かつての仲は戻らなくなった。
鳳儀亭に波乱が起き
一つの戟が飛び、恩義は磨り減る
父子はこれより他人となり
郿塢の奥に涙が残る
第九章 賊を討つ会議――旧き情と新しい怨み
ある日、憂いに沈む呂布のもとに二人の男が訪ねてきた。李粛と王允だ。
「賊を討つ相談に来た」
「賊とは誰ですか?話してくだされば討ちましょう」
「君侯ほどの勇将でも、ためらうかもしれません。董卓のことだ」
呂布は驚く。「以前、兄上は董卓を勧め、司徒は娘を贈った。なぜ今になって討つのです?」
李粛は不満を漏らす。「董卓はすっかり変わってしまった。俺が呂布を説得した功も認めず、昇進させてくれない。今や君を疎み、李儒の言葉さえ聞かなくなった」
「兄の怒りはわかる」呂布は王允に向き直る。「司徒は娘を贈ったのに、忍べるのですか?」
「董卓が娘を強引に望んだのです!やむを得ず差し出しただけ!」
呂布はまだ決断できない。董卓は疎んではいても、ひどい仕打ちをしたわけではない。かつての情が残っていた。
李粛は追い討ちをかける。「弟は旧き情に囚われているのか?董卓が戟を投げて殺そうとしたとき、旧き情など思い出しましたか?」
呂布は黙った。
王允は最後の一撃を放つ。「君は知らないだろう。董卓は三日前、一家を郿塢に移し、酒池肉林で楽しんでいる」
「……どうやって討つ?」
「こういう計画だ」
虎将は去りがたくためらい
旧き情と新しい怨みが心を裂く
貂蝉の連環の計は鎖となり
鴛鴦の絆を断ち切る
第十章 郿塢の罠――「禅譲」の嘘
董卓は郿塢に移り、日々兵たちと宴を開いていた。
「我が子が長安を守ってくれるから安心だ。以前は奉先をこちらに呼んで慰めようと思っていたが、自ら長安を守ってくれる。ありがたい」
兵たちは相づちを打つ。
だが、呂布に会えない日々が続き、董卓は夜になると空虚を感じ、嘆くようになった。
数日後、李粛が詔書を持ってやってきた。
「天子は何を命じる?」
「天子は太師に位を譲るというのです」
「誰が準備している?」
「司徒の王允です。すでに台を築いて待っております」
董卓は大喜びし、長安へ向けて出発した。
道中、鳥獣が散り散りに逃げる。董卓は理由を問う。李粛は答える。「新しく帝となる方の龍気に、獣たちが恐れているのです」
二日ほど進み、長安に到着する。呂布が出迎えた。
「後日、俺が帝になり、お前を太子にする」董卓は笑って言う。
呂布は、返事をしなかった。
城門がふいに閉まった。
左右から甲冑をまとった兵が飛び出す。董卓は慌てて車から降り、逃げながら叫ぶ。「我が子はどこだ!」
呂布は戟を振り上げ、董卓の冠を薙ぎ落とし、戟を向けた。
「詔を奉じて賊を討つ!」
「昔、お前を厚遇したのに、なぜ裏切る!」
呂布の胸には悲しみと怒りと怨みが渦巻いた。「昔?公が言う『昔』は、どこにあるのですか!」
第十一章 絞首台――最後の別れ
「この賊を刑台に縛りつけよ!」
李粛の号令で、董卓は衣を剥がされ、木の轅に縛り付けられた。民衆が集まり、どっと笑い声を上げた。
王允が告げる。「天子はこの賊を速やかに処刑せよと命じている」
呂布は董卓を絞首台へ導いた。
「何か言い残すことはあるか?」呂布は涙を浮かべて問う。
董卓は静かに言う。「言うことはない。早くしてくれ」
呂布は縄を締めた。
しばらくして、董卓の息は絶えた。
郿塢の高台、酒肉の香り満ち
一朝、絞首の梁に縛られる
最期のその時、滴り落ちしものは
温侯の涙と混ざり合う
終章 古き祠――その後、誰も知らない
その夜、呂布は馬を走らせ、森の中のあの土の祠へ向かった。
祠は修繕されていた。かつて董卓が約束した修繕が、誰かによって済まされていた。
呂布は祠に入り、戟に寄りかかって座り、悲しみに沈んだ。
後世の人が詩を残した。
双鳥は散り、連理の枝は折れ
君臣は天に隔たれ、愛憎は判じ難し
父子は黄泉で別れ、苦しい運命の物語となる
この野史を見る者は、是非を後人に問う
また追悼の詩もある。
涼州の烽火、煙を立て
梟雄にも春の時があったとは
一夜の祠で交わした契り
鳳儀亭で嫉妬が生まれ
画戟は天子の冠を薙ぎ、赤い縄は乱臣の魂を縛る
今も林の奥の荒れた祠は残り
当年の苦しい鴛鴦を語り継ぐ
情なのか、欲なのか、それとも憎しみなのか?
当事者たち自身でさえ、答えは出せなかったのだろう。
苦命鳴鴛鴦伝 ―野史記― 完
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