時間戦士は永遠の夢を見るのか・番外編「じゃないわよ」
これは「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本編の第10話「余剰次元の牙」の二番目の「* * *」の部分に挿入される内容になります。未来から来た女性タイムトラベラーであるアミカナは、自身がアンドロイドであることを隠して、大学生の志音と行動を共にしています。本編では描き切れなかった、互いに惹かれていく二人の心の触れ合いやすれ違いを描いています。本編未読でも、少しは楽しんで頂ける……ことを願っています。
<金曜日>
古びた旅館の廊下を幾重にも曲がって、二人はある階段の下に辿り着いた。
「多分、この階段だ」
志音が言う。この旅館の三階の踊り場から、標高二千メートルを超える□□富士が綺麗に見えるという情報を仕入れて、歌の解読の前に見てみようと言い出したのは志音だった。まあ、体調を崩す前に見ておきたいということだ。山には何の愛着もなかったが、旅館の造りには興味があったので、彼女は了承した。
先を行く志音が一歩一歩上る度に、ギシギシと木造の階段が音を立てる。
……あ、これマズイ……
アミカナは呟いた。アンドロイドである彼女の体重は、少なくとも志音の1.5倍はある。もっと軋むはずだ。
「ごめん、先行って。浴衣が歩きにくくて」
彼女は咄嗟に嘘をついた。太腿の辺りを触ってみせる。
「ああ」
答えてから、志音はちらりと彼女の袖や裾に目をやった。
「……結局、ボディスーツ、着なかったんだ……」
「ええ。この世界の文化に馴染んでみようと思って」
「ふ~ん」
そう言うと、志音はそのまま階段を上がっていった。
……え、何かないの?……いいね、とか……
彼女は口を尖らせた。
……せっかく着ないであげたのに……
気を取り直して、アミカナは手すりを掴んだ。なるべく質量を分散させないと。一歩踏み出そうとして、ふと、彼女はバランサの自己診断プログラムを走らせた。結果はオールグリーン。彼女は小さく首を傾げる。……何となく、頭がクラクラするような気がするけど……まあ、いいか。
手すりで体を支えながら、慎重に足を載せていく。それでも、板は軋む。思わず、噛み締めた歯を剥き出す。先を行く志音に聞かれないか気にかかる。
……こんなに軋むって、欠陥じゃないの?……
彼女がようやく目的の踊り場まで上ると、志音は既に木製の窓を開けようとしていた。太めの格子がたくさん入った巨大な窓であった。
「この窓、かったい!」
志音が力を込め、少しだけ窓が開いたその瞬間だった。窓が枠から外れて、外へと落ちた。志音は咄嗟に窓を支えたが、窓は志音ごと枠の外へと消えかけた。
危ない!
アミカナは飛び付こうとしたが、浴衣が足に巻き付いた。ブチブチと糸の切れる音がしたが、脚を前に踏み出すことはできず、そのまま前に倒れ込んだ。
クソ!
目の前に迫る踊り場の床に、彼女は思い切り左手を突いた。凄まじい音と共に体が前へと浮き上がる。伸ばした右手が、かろうじて志音の帯に届いた。渾身の力で掴む。それでも、志音は窓枠へと吸い込まれていく。アミカナは左手で乱暴に裾を捲り、窓枠下の壁に両足を開いて突っ張った。ようやく動きは止まった。
「うわぁ?!」
志音が声を上げる。帯を引っ張りながら、アミカナは上半身が窓から出てしまった志音に声を掛ける。
「志音、大丈夫?!」
彼は外れた窓を支え続けていた。
「重すぎる!! 手を貸して!!」
「ええ?!」
彼女は、彼の帯を下に引きつつ、彼の背中の上に身を乗り出した。左手で何とか窓を掴む。
「上げるわよ!」
「分かった!」
「せーのー!」
二人で引き上げた窓の下部が、窓枠に載った。ガタガタと窓を震わせて、上下をレールに嵌める。窓から重力を感じなくなって、二人はようやく窓の下に倒れ込んだ。
「何やってんの?!」
思わず声を荒げる。
「開けようとしたら落ちたんだよ!」
「分かるけど、窓を支えることないでしょ!」
「いや、落としたら壊れるだろ!」
「あなた、一緒に落ちかけたのよ!」
「……まあ、そうだけど……」
ようやく、二人は安堵の息をついた。窓下の壁に背をつけ、踊り場の天井を見上げる。
「……下、見た?……」
ふと、志音が聞く。
「見た」
アミカナが答える。窓の下の地面には、ガラスの破片が散乱していた。
「……みんな、開けようとして落としてるのね……」
志音はよく落とさなかったものだ。いや、彼一人だったらどうなっていたことか……。
急に、志音はアミカナを見た。
「ナイスアシスト!」
芝居がかったように親指を立てる。肩をすくめたアミカナは息をついた。
「……ナイスアシスト、じゃないわよ……」
見つめ合った二人の、どちらからともなく笑顔が零れた。柔らかな日差しが、静寂を取り戻した踊り場を照らす。
不意に志音は目をそらした。
「……はだけてる……」
そう言われて、彼女は初めて太腿が剥き出しになっていることに気付いた。
「……はだけてる、じゃないわよ……」
呆れたように息をつくと、ゆっくりと浴衣の裾を直す。
ふと床に目をやると、彼女の左手の跡がしっかり残っていた。
……あ、これマズイ……
苦笑しながら、彼女は呟いた。
お読み頂きましてありがとうございます。次の番外編に関しては、「時間戦士は永遠の夢を見るのか・時系列まとめ」で[2/25公開予定]という箇所を探して下さい。ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。




