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竜医師ジルドの見届ける先  作者: メル=シフォン


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第9章 選択

それからしばらくして、緑の竜は動きを見せた。


ある朝、ジルドが中庭に出ると、

竜はいつもより塔の外側に寄っていた。

結界の縁に沿うように身を横たえ、

空ではなく、地面を見ている。


「……今日は、外に行く?」


「行く」


短い返答だった。


「付き合え」


それは命令ではなかった。

だが、拒否を想定していない言い方だった。


向かった先は、塔から半日ほど離れた高地だった。

風が強く、草もまばらな岩場。

竜の気配が濃く残る場所だ。


「ここは?」


「私の群れがいた場所だ」


緑の竜は、静かに言った。


今は何もいない。

だが、確かに“いた”痕跡だけが残っている。


「剥竜は、群れで寿命を迎える」


ジルドは黙って聞いた。


「若い個体を残し、

 役割を引き継ぎ、

 老いたものから、順に消える」


それは自然な循環だ。


「だが私は、それを断った」


「……契約のせい?」


「それもある。だが、決定的なのは」


緑の竜は、足元の岩を尾でなぞる。


「私は、長く生きすぎた」


契約による延命。

未治療による固定。

どれも、生存には寄与した。


だが――


「私が生きている間、

 群れは次の選択をできなかった」


空白が、次代を停滞させる。


「だから、私は群れを離れた」


守るためでも、逃げるためでもない。


「終わる位置を、選ぶためだ」


ジルドは、喉が乾くのを感じた。


「……それで、俺を呼んだ?」


「そうだ」


緑の竜は、初めてはっきりと頷いた。


「私の終わりは、

 事故でも、老衰でも、戦死でもない」


黄金の眼が、ジルドを捉える。


「医師の手によって、世界に還る」


それは、選ばれた死だった。


「……俺に、できるの?」


「できる」


即答だった。


「なぜなら、お前は“治さない”という選択を覚えた。」


それは、破壊ではない。

管理でもない。


「終わらせるというのは、

 治療の延長だ」


緑の竜は、ゆっくりと身を起こす。


「苦しみを短くし、

 歪みを広げず、

 役割を再び与えない」


それは、誰にでもできることではない。


「お前は、私を救えない」


「……」


「だが、私の終わりを壊さずに済む」


ジルドは、深く息を吸った。


怖くないわけではない。

だが、目は逸らさなかった。


「……分かった」


それだけ言った。


緑の竜は、満足そうに目を閉じる。


「その前に、一つ」


竜は、翼をわずかに持ち上げ、

岩陰へと首を差し入れた。


慎重に引き出されたのは、

大きな卵だった。


淡い緑の斑紋。

微かに脈打つ魔力。


「……卵?」


「群れに残さなかった、最後の一つだ」


ジルドは、思わず一歩近づく。


「どうして?」


「私が死ねば、群れは再び動く」


だが――


「この卵は、

 “終わりを知る竜医師”に託したい」


それは、未来への保険だった。


「育てろ、とは言わない」


緑の竜は、淡々と続ける。


「診ろ。

 選ばせろ。

 治すか、止めるか、

 その時に決めればいい」


卵は、まだ何者でもない。


だからこそ、

医師の姿勢が映る。


ジルドは、卵にそっと手を伸ばした。


温かい。

生きている。


「……責任、重いな」


「だから渡す」


緑の竜の声には、迷いがなかった。


「お前は、もう半人前ではない」


その言葉に、ジルドは小さく息を吐いた。


「最期の時は…」


「塔でいい」


「……わかった」


「あの男に怒りを覚えて乗り込んできたが、思わぬ収穫だった」


竜は満足そうにグルルと唸った。



帰路は、静かだった。


塔に戻った夜、

中庭はいつもと同じように見えた。


だがジルドには分かる。


もう、戻れない。


治すだけの医師には。


数日後、

緑の竜は静かに横たわり、

ジルドは最後の診察を行った。


魔法は使わない。

必要な処置だけを施し、

苦痛が広がらない位置で、止める。


黄金の眼が、ゆっくりと閉じられる。


「……いい医師になったな、ジルド」


名前を呼ばれたのは最初で最後だろう。



夜明け、

中庭には風だけが残った。


卵は、塔の奥で、静かに眠っている。


ジルドは、それを見下ろしながら思う。


竜医師とは、

命を延ばす者ではない。


命の形を、最後まで尊重する者だ。


師匠が残した未治療の意味は、

ここでようやく、引き継がれた。


そして、物語は次へ進む。


卵が孵るかどうかは、まだ分からない。


だが、

終わりを知った竜医師は、

もう迷わず、次の命と向き合える。


――それが、緑の竜が託した本当の救いだった。


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