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竜医師ジルドの見届ける先  作者: メル=シフォン


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第8章 救えないもの

それからの季節は、穏やかだった。


依頼は途切れなかったが、どれも急を要するものではない。

契約竜の翼膜炎症、魔力過多による感覚鈍麻、

剥竜の経過観察。


ジルドは一件ずつ診て、記録し、

治せるものは治し、

治し切れないものは“止めた”。


未治療という選択は、次第に特別なものではなくなっていった。


「この竜は、これ以上循環を整えない方がいい」


「完全に戻すと、また同じ場所に送られる」


「治療を終わらせない方が、長く生きる」


そう判断するたび、

師匠の残した記録と、緑の竜の沈黙が重なった。


緑の竜は、変わらず中庭にいた。


診療の合間に戻ると、

そこにいることが当たり前になっていた。


だが、ジルドは気づき始めていた。


――変化している。


それは衰弱ではない。

呼吸は安定しているし、魔力の流れも破綻していない。


ただ、調整幅が減っている。


治療で止めてきた症例たちは、

「これ以上悪くならない位置」で安定していた。


だが、緑の竜だけは違う。


未治療によって固定された状態が、

時間とともに、少しずつ“痩せて”いっている。


ある夜、ジルドは直接聞いた。


「……最近、飛んでないね」


「必要がない」


迷いはなかった。


「前は、結界の確認に飛んでた」


「今は、お前がいる」


理由としては、十分すぎるほど合理的だった。

だが、医師としては、別の可能性を捨てきれない。


「……飛ぶと、負担がある?」


緑の竜は、黙った。


否定も肯定もしない沈黙。


それが、答えだった。


ジルドは、それ以上踏み込まなかった。

だがその夜、書庫で一つの共通点に気づく。


師匠が“途中で止めた”症例の多くは、

再開可能な治療だった。


時期を見て、

環境が変われば、

本人の選択が変われば。


だが、緑の竜の記録だけは違う。


――これ以上の介入は、寿命を削る

――完全治療不可

――経過観察、終末まで


「……終末?」


その言葉が、胸に引っかかる。


手元に降り注いでいた月明かりが、雲にかき消されていった。



翌朝、ジルドは中庭で緑の竜に向き合った。


「聞きたいことがある」


「答えられる範囲でな」


「師匠は……いつまで、あなたを診てた?」


緑の竜は、空を見上げた。


「最後までだ」


「治療じゃなく?」


「観察として」


それは、希望ではなく、看取りに近い。


「……俺は」


言葉が、少し詰まる。


「俺は、治せるようになりたいと思ってた」


「知っている」


「でも、今は……」


緑の竜の黄金の眼が、静かに向けられる。


「今は?」


「救えないものがあるって、分かってきた」


その瞬間緑の竜は初めて、

肯定の気配を見せた。


「それが分かったなら、もう半分だ」


「半分?」


「竜医師として、だ」


ジルドは、唇を噛んだ。


「……あなたは」


言葉を選びながら、続ける。


「救えない、よね」


否定してほしかった。

でも、逃げるつもりはなかった。


緑の竜は、ゆっくりと首を下げた。


「救う、という言葉の定義による」


「……」


「私は、すでに救われている」


師匠によって。

未治療という選択によって。


「だが、それは“延ばされた”だけだ」


静かな断定だった。


「止め続ければ、私は保てる。

 だが、いつか必ず限界が来る」


ジルドは、拳を握る。


「その時は……」


「その時は」


緑の竜は、言葉を重ねた。


「お前がいる」


逃げ場のない言い方だった。


その日から、ジルドの視点は変わった。


治せるか、治せないか、ではない。

終わらせる責任を引き受けられるか。


それが、次の段階だと理解してしまった。


緑の竜は、もう“症例”ではない。

次世代も、契約も残さない存在。


それでも――


ジルドに期待している。


その予感だけが、

中庭の空気に、静かに溜まっていた。

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