表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜医師ジルドの見届ける先  作者: メル=シフォン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

第7章 飛ばない理由

それからほどなくして、塔に一通の依頼が届いた。


差出人の名は簡素に記され、文字は乱れていた。

だが内容を読んだ瞬間、ジルドは背筋を伸ばす。


「……剥竜?」


緑の竜が、すぐに反応した。


「来たか」


短い一言だったが、その声には僅かな警戒が混じっていた。


依頼は北西の岩原からだった。

移動を控える一頭の剥竜がいるという。

戦闘痕はない。呪いも確認されていない。

ただ――飛ばない。


「討伐申請は?」


「出てないよ。様子見だ」


「なら、未治療の可能性が高いな」


二人の間に、共通理解が生まれていた。


現地へ向かう途中、緑の竜は同行しなかった。

代わりに、高空から遠巻きに見守るだけだ。


「介入は?」


「今回は、しない」


理由は聞かなくても分かった。

観察者としての距離を、あえて崩さないのだ。


岩原にいた剥竜は、思っていたよりも静かだった。

体躯は大きいが、呼吸は安定している。

鱗にも、致命的な損傷はない。


「……診察、受ける気はある?」


ジルドの問いに、剥竜はゆっくりと首を動かした。


「受けたことはある」


低く、風を含んだ声。


「だが、治らなかった」


胸の奥に、嫌な感触が残る。


診ていくうちに、原因ははっきりした。

魔力循環路の一部が、意図的に“閉じられている”。


前回は“止めれば救われた”が、今回はそうではない。


暴走防止の処置。

だが、同時に飛翔能力を奪う配置。


「……これ、師匠の手技だ」


確信に近い。


剥竜は、それを否定しなかった。


「治療は、途中で止められた。

 飛べば、再び戦に使われるからだと」


「不満は?」


「ない」


即答だった。


「空は好きだ。

 だが、生き延びるために空を捨てる選択をした」


ジルドは、言葉を失う。


完全治療は可能だ。

理論も、手順も、頭に浮かぶ。


だが、それをすれば――


「……治したら、どうなると思う?」


剥竜は、静かに答えた。


「再び、役割を与えられるだろう」


それは予測ではなく、経験からの確信だった。




診察を終え、塔へ戻った夜。

中庭に降りると、緑の竜が待っていた。


「見たな」


「……うん」


「どう思った」


ジルドは、少し考えてから答えた。


「治せる。でも、治すべきじゃない場合がある」


「正解だ」


だが、竜は続ける。


「だが、私とは違う」


「……何が?」


緑の竜は、しばらく黙っていた。


「私は、“治せば終わる”状態ではない」


重い言葉だった。


「私の未治療は、固定だ。

 あの男は、限界点を見極めて止めた」


それ以上進めば、壊れる。

戻せば、役割に縛られる。


「つまり……」


「お前が手を出せば、必ず選択になる」


治療か、観察者の継続か。

どちらを選んでも、後戻りはできない。


「他の症例は、“止めれば救われた”。

 私は、“止め続けなければならない”」


ジルドは、ゆっくりと息を吐いた。


「……俺には、治せないかもしれないな」


「そうかもしれん」


否定はなかった。


「だが」


緑の竜は、静かに続ける。


「治せないと理解することも、竜医師の仕事だ」


風が中庭を抜けてゆき、

結界が、穏やかに脈動する。


師匠は、未治療という形で問いを残した。

それは、技術の不足ではない。

判断を委ねるための空白だ。


ジルドは、空を見上げる。


治さないことで救われた竜。

治し続けなければ壊れる竜。

そして、その境界に立つ自分。


答えはまだ出ない。


だが、少なくとも一つだけ確かなことがある。


――治療とは、完璧にすることだけではない。


未治療のまま生きる時間を、

誰のために、どう残すのか。


その問いを、

緑の竜は黙って見ている。


そしてジルドもまた、

その視線から逃げずに、塔に立ち続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ