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竜医師ジルドの見届ける先  作者: メル=シフォン


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第4章 観察者

竜が塔に留まるようになってから、数日が過ぎた。


中庭の空気は、目に見えて変わったわけではない。

だが、魔力の流れが穏やかになり、結界の脈動が一定になった。

塔が安定していることはジルドにも分かった。


竜は診療所の奥へは入らない。

中庭の石柱の影、あるいは塔の外壁に沿う場所に身を伏せ、

苔と石と区別がつかないほど静かに過ごしている。


人の生活圏へ、必要以上に踏み込むことはない。

観察者としての距離だった。


ジルドは朝になると、いつも通りに薬草の選別をし、

書庫で文献を読み、依頼があれば麓の村へも下りた。


そのすべてを、竜は見ていた。


干渉しない。

評価もしない。

だが、見逃しもしない。


ある日の午後、ジルドが診療用の薬包をまとめていると、

背後の空気が、わずかに重くなった。


振り向くより先に、低い声が響く。


「手つきが、安定してきたな」


竜は中庭の端から首を伸ばしていた。

石柱の陰にいたはずの巨体が、いつの間にか距離を詰めている。


「……気配を断つのは反則だ」


ジルドはそう言いながらも、手を止めなかった。


「驚いたか」


「少しは」


「それは竜医師として未熟だ」


淡々とした指摘だった。


ジルドは苦笑する。


「観察者に言われると、否定しづらい」


竜はそれ以上言葉を重ねず、

黄金の眼で棚に並んだ薬包を見下ろした。


「これは」


「解熱剤。人間向けだ」


「竜にも使えるか」


「量と調合を変えれば。ただし、完全じゃない」


その言葉に、竜の瞳が一瞬だけ細くなる。


「“完全ではない”を許容するのは、あの男と同じだな」


ジルドは答えなかった。

師匠の話題に踏み込む境界線を、互いに理解していた。


「君のことなんて呼ぼうか」


気まずい雰囲気をかき消すようにジルドは問いかける。


「周りからは“緑の”と呼ばれる」


契約した竜以外は名前がない。だからそう呼ばれているのだろう。


今の会話に興味がなさそうに竜がさらに問いかける。


「なぜ私は、あの男と契約を結ばなかったと思う」


問いというより、確認だった。


ジルドは少し考え、正直に答えた。


「竜騎士になる必要がなかったから」


竜は否定しない。


「それもある。だが、それだけではない」


竜は首を低く下げ、石畳に顎先を預ける。

長い尾がゆっくりと地面を撫で、円を描いた。


「私は、契約の“後”を見過ぎた」


軍で。

騎士団で。

戦場で。


契約によって強化された竜たちが、

どのような代償を身体に刻まれていくのかを。


「契約は完成形を作る。

 だが完成した瞬間から、変化を拒む」


黄金の眼が、静かに光を落とす。


「傷は治る。だが歪みは残る。

 それを“問題ない”と切り捨てる世界に、私は馴染めない」


ジルドは、胸の奥が少し重くなるのを感じた。


「師匠は、その歪みを…」


「治さなかった」


竜は間を置かずに答える。


「いや、正確には――“治し切らなかった”」


ジルドは首を傾げるがその理由は、まだ語られない。


竜は続ける。


「だから私は観察者になった。

 契約しない医師が、何を選び、何を残すのか。

 それを、時間をかけて見るために」


ジルドは、ようやく理解し始めていた。


この竜は、師匠の“続きを見に来た”のではない。

師匠が残した問いが、後継者にどう引き継がれるのかを見に来たのだ。


日々は静かに流れる。


竜は時折、塔の周囲を歩き、

翼を広げて空を旋回する。


そのたびに、結界の反応を確かめるように、

塔全体を見渡してから戻ってくる。


ジルドは、診療の合間に報告するようになった。


「今日は、村で契約した竜の診察があった。

 翼膜の再生が遅れてる」


「どうした」


「無理な強化魔法が重なってた。

 応急処置だけして、騎士団には休養を勧めた」


「反応は」


「良くはない」


竜は、それを聞いても姿勢を変えない。


「それでいい」


評価でも慰めでもない。

ただ、観察者としての記録だった。


ある夜、ジルドが塔の階段で足を止めた。


「少し……聞いてもいい?」


「許可は不要だ」


竜は首をわずかに傾け、続きを待つ。


「師匠が戻ったら…」


言葉に迷い詰まる。


「続けろ」


「その時も、観察は続ける?」


竜はしばらく沈黙し、やがて答えた。


「いいや」


否定は明確だった。


「私が見たいのは、“選ばれなかった治療”の先だ。

 それを引き受けるかどうかは、お前次第になる」


ジルドは、静かに頷いた。


まだ答えは出ていない。

だが、逃げる気もなかった。


未治療の意味は、まだ霧の中にある。

けれど、その霧を待つ時間は、もう始まっている。


観察者の緑の竜と、半人前の竜医師。

契約も誓約もない関係のまま、

二人は同じ塔で、同じ問いの続きを見ていた。


――それが、師匠が残した“余白”の始まりだった。

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