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竜医師ジルドの見届ける先  作者: メル=シフォン


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第3章 境界に立つもの

ジルドの胸の奥で鳴った小さな音は、すぐには形にならなかった。

期待でも使命感でもない。

もっと曖昧で、だが確かに“始まり”を告げる感触だった。


沈黙が落ちる。

その重さを破ったのは、竜の方だった。


「竜医師というのは、不思議な立場だな」


ふいに投げられた言葉は、評価でも皮肉でもない。

ただ、長く観察してきた者の率直な感想だった。


「契約者でもないのに、竜の身体に触れる。

 騎士でもないのに、戦場に向かうこともある」


ジルドは答えなかった。

視線を外さず、呼吸を整える。

竜医師にとって沈黙は、言葉以上に多くを伝える診察道具だ。


「軍に派遣されることもある」


竜は続ける。


「契約した竜を診ていた。

 翼膜の裂傷、魔力過多による神経の焼け。

 どれも契約の副作用だ」


責める調子ではない。

ただ、積み上げられた事実を一つずつ置いていくだけ。


「竜と人は、相性が合えば誰とでも契約できる。

 だが“合う”という言葉は、便利すぎる」


黄金の眼が、再びジルドを捉える。


「契約は魔法だ。強力で、乱暴で、不可逆だ」


ジルドは小さく息を吸った。息が詰まる。

否定も肯定もできない言葉だった。


竜医師は竜の相棒ではない。

だが、竜の身体と命に最も近づく存在だ。

その境界に立つからこそ、契約の後でしか見えない歪みが見える。


「師匠は」


ジルドは、慎重に言葉を選んだ。


「契約を急がなかった。

 軍でも、騎士でも、竜でも」


竜の尾が、わずかに揺れた。

石畳に触れ、低い音を立てる。


「だから、あの男は信用された」


竜から唸るように導かれた言葉は、

明確な肯定だった。


「だが同時に、恐れられもした」


契約しない竜医師。

竜を“相棒”ではなく、“個として診る”存在。


この世界では、まだ少数派だ。


「お前は、どうだ」


再び投げられた問いは、選択を迫るものだった。


「竜騎士の整備係になる気はあるか。

 それとも、私のような竜を診続けるか」


それらは竜医師の仕事だ。

どちらも契約は必要ない。

だが、立つ場所は大きく違う。


ジルドはすぐには答えなかった。

代わりに一歩、前に出る。

距離はまだ保ったまま、それでも逃げない位置まで。


「まだ、決めていない」


嘘のない声だった。


「でも」


視線を逸らさず、続ける。


「契約しなくても、竜と並べるなら。

 その可能性は、捨てたくない」


長い沈黙が場を支配する。

呼吸が、ひとつ。

中庭の空気が、それに合わせてわずかに震える。


やがて、竜は低く息を吐いた。


「……やはり、あの男とは違う」


否定ではない。

比較でも、失望でもない。


「だからこそ」


静かに言葉を紡ぐ。


「私は、しばらくここに留まろう」


契約はしない。

だが、去りもしない。


その宣言に、魔法は伴わなかった。

光も、誓約も、印もない。


それでもジルドは理解した。

これは治療でも保護でもない。


竜医師という存在そのものが選ばれた瞬間だと。


「ただし」


竜が続ける。


「私は患者ではない。

 観察者だ」


ジルドは、わずかに口角を上げた。


「それでいい。

 僕も、まだ医師としては未熟者だ」


中庭に、風が通り抜ける。

妖精が再び羽ばたき、グリフォンが落ち着いた様子で首を振った。


塔は、何も語らない。

だが確かに、ひとつ生まれたものがある。


未契約、未熟でも並び立つことを許された、竜と竜医師の関係が。


そしてジルドは思う。

師匠が“完全に治さなかった”理由と、

いつか自分は向き合うことになるのだろう、と。


その時まで、この塔は――

診療所であり、境界であり、

竜が選んだ「留まる場所」であり続ける。

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