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竜医師ジルドの見届ける先  作者: メル=シフォン


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第2章 竜の来訪

微かな振動は、一度きりでは終わらなかった。

次は低く、重い。空気そのものが鳴るような感覚だった。


ジルドは立ち上がり、書庫の窓から外を見た。

グリフォンが羽を広げ、落ち着かない様子で地面を蹴っている。妖精も宙で動きを止め、羽をたたんだ。


「……来てる」


誰に言うでもなく、ジルドはそう呟いた。


竜は普段、結界の内側には近づかない。

師匠の研究塔は、竜にとっても“医師の領域”として知られている場所だったからだ。


それでも、この気配ははっきりしている。

弱っているわけではない。怯えてもいない。

ただ――選んで、ここに来た。


ジルドは古書を机に戻し、白衣を羽織った。

心臓の音が少しだけ早い。だが、足は迷わず外へ向かう。


中庭の奥、崩れかけた石柱の影に、それはいた。


深い緑を帯びた鱗。苔むした遺跡と見分けがつかないほど静かな佇まい。

竜は首をもたげ、黄金色の片眼でジルドを見た。


視線が合った瞬間、空気が張り詰める。

逃げない。威嚇もしない。


――試されている。


ジルドは一歩、前に出た。

師匠が不在の中、竜医師として不安を表に出さないよう腹に力を入れる。


「……診察を求めてきたなら」


声は落ち着いていた。


「理由は、これから聞く」


緑の竜は、ゆっくりと瞬きをした。


それが、始まりだった。



竜は瞬きを終えると、視線を逸らした。

それだけで十分だった。拒絶ではない。だが、受け入れでもない。


「……診てもらいに来たわけじゃない」


低く、岩を擦るような声が、直接頭の奥に響いた。

竜語ではない。人に理解できる言葉だった。


ジルドは眉をわずかに動かしただけで、驚きを飲み込む。


「分かっている」


竜医師のもとを訪れる竜は、必ずしも診察をして欲しいわけではない。

だが、この竜は違う。

言葉の選び方に、明確な“線”があった。


「ここには、あの男がいるはずだ」


黄金の眼が、塔の上部へと向けられる。


師匠だ。


ジルドの背筋が、僅かに強張る。

だが否定も肯定もしない。ただ事実として告げた。


「少し前から不在だ」


竜は鼻先で短く息を吐いた。

苔が揺れ、石柱に小さな亀裂が走る。


「……そうか」


その一言に、長い時間が含まれていた。

怒りでも、恨みでもない。

もっと複雑で、整理されていない感情。


ジルドは一歩、距離を保ったまま問いを重ねる。


「師匠にどんな用があったの?」


竜はすぐには答えなかった。

代わりに、胸元の鱗の一部がわずかに欠けているのが見えた。

古い傷だ。治療はされているが、完璧ではない。


「これを治したのは、あの男だ」


竜の声が低く沈む。


「だが……完全には、治さなかった」


空気が静まる。

それが“失敗”なのか、“選択”なのか。

ジルドには、まだ判断がつかない。


「お前は、後継者か?」


問われて、ジルドは初めて頷いた。


「なら、聞いておけ」


竜は再び、ジルドを見据える。


「私は、あの男と契約を結ばなかった竜だ」


そして、静かに告げた。


「――その続きを、見に来た」


ジルドの胸の奥で、何かが小さく音を立てた。


それは契約の予感でもなく、未完成な関係がそこにある感触だった。

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