第1章 書庫にて
お付き合いよろしくお願いします。
何年前のことだろう。
竜の鱗は、光の当たり方で色を変える。
それを最初に教えてくれたのは、師匠だった。
ジルドは書庫の窓辺に腰掛けて分厚い古書を膝に載せたまま、指先でページをめくっていた。
長い緑髪は低い位置でひとつに束ねられ、背中に静かに流れている。午後の光を受けるたび、髪は水面のように淡くきらめいた。
「また難しい顔をしてるよ」
本棚の影から、小さな妖精が顔を出す。羽音は紙を擦る音よりも軽い。
ジルドは視線だけを向けて、小さく息を吐いた。
「竜の肺構造について書いてある記述が、師匠の見解と少し違う」
「本のほうが間違ってるんじゃない?」
「それを明らかにするために、読む。
師匠が帰ってくる前に」
即答だった。
妖精は肩をすくめ、代わりに宙を一回転する。
書庫の外では、グリフォンが羽を休めている。研究対象であり、同時に気まぐれな友でもあった。
この世界では、竜は人の相棒になれる。
そして竜医師とは、その関係を“繋ぎ止める”者のことだ。
ジルドの師匠は、その中でも群を抜いていた。まるで魔法のように。
だからこそ、追いつくのは簡単じゃない。
ページを閉じたとき、微かな振動が空気を伝った。
竜の気配だ。
まだ、契約竜はいない。
それでもジルドは、その気配に背を向けることはなかった。
いつか隣に立つ存在を、理解せずに迎えるつもりはないからだ。




