第96話「夢の中の防音室」
凛はベッドに横になった。目を閉じる。
美波の作った逆位相音が部屋に流れている。それに包まれながら凛は眠りに落ちていった。
そして――夢を見た。
防音室の夢。
グレーの壁。吸音材が規則正しく並んでいる。グランドピアノ。黒い巨大な楽器。
でも今回は――ピアノの前に二人の女性が座っていた。
一人は真理子。もう一人は美咲。
母と娘。
二人とも白いワンピースを着て並んで座っている。まるで双子のように。
「凛……」真理子が振り向いた。微笑んでいる。
「ようこそ。私たちの世界へ」
「ここに来ないで……」凛が言った。
でも足が勝手に動く。抗えない力で。ピアノに近づいていく。
「大丈夫」美咲が微笑んだ。14歳の少女の無邪気な笑顔。
「怖くないよ。ここはとても幸せな場所。一人じゃないから。お母さんとずっと一緒にいられる」
真理子が美咲の頭を撫でた。優しく。愛情を込めて。
「そうよ。私たちもう離れない。永遠に一緒。記録の中で」
凛はそれを見て何かがおかしいと感じた。
幸せそうに見える。母と娘が一緒にいる。
でもどこか違和感がある。
真理子の表情。完璧すぎる微笑み。
美咲の目。光がない目。
それらは本当に彼女たちなのか。それとも記録という別の何かなのか。
「凛も――」真理子が手を伸ばした。白い手。
「こっちに来て。お父さんも待ってるわよ。隆もここにいる。みんな一緒」
「お父さん……?」
凛が周りを見回した。
すると――部屋の隅に一人の男性が立っていた。
佐々木隆。凛の父。
「凛……」隆が優しく微笑んだ。「久しぶりだね。いや、初めまして、かな。会ったことはなかったもんね」
凛の目から涙が溢れた。止められない涙。
「お父さん……」
「こっちにおいで。一緒にいよう。ずっとずっと。永遠に」
隆が手を伸ばした。
凛はその手を掴みそうになった。父の手。温かそうな手。
でもその瞬間――
「凛!」
別の声が聞こえた。美波の声。現実からの声。
「起きて! それは罠よ!」
凛はハッと我に返った。




