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ムネモシュネの箱 ― 73Hzの永遠 ―  作者: 大西さん
第四章「カセットテープの記録」
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第95話「逆位相音の限界」

美波はすぐに作業を始めた。ノートパソコンを開いて音響解析ソフトを起動する。「カチッ」という音。画面が明るくなる。


「凛、少し横になってて。逆位相音をもっと強力にする」


凛はベッドに横になった。心臓がまだ速く鳴っている。


ドクンドクンドクンドクン――


88回/分。異常だ。このままでは――


美波がキーボードを激しく叩いている。「カタカタカタカタ」という連続音。カセットテープから録音した音声データを解析する。周波数成分を一つ一つ抽出する。


73Hz。146Hz。219Hz。292Hz。すべての倍音。


そして37Hz。18Hz。9Hz。すべての約数。


それらすべてに対して逆位相音を生成する。複雑な計算。膨大なデータ処理。


30分後。


「できた……」美波が呟いた。声が疲れている。


「凛、これ聞いて」


凛は起き上がった。頭が少しふらつく。でも大丈夫。


美波がスピーカーから新しい逆位相音を流した。


人間の耳にはほとんど聞こえない。でも確かに何かが流れている。複雑な信号。多層的な音波。空気が微かに震えている。


凛はじっと耳を澄ました。


頭の中で真理子の声がまだ聞こえていた。


「凛……こっちに来て……」


でも逆位相音を聞いていると、その声が徐々に小さくなっていく。


「凛……」


「……」


消えた。完全に消えた。


「効いてる……」凛が言った。「声が消えた」


美波が安堵のため息をついた。肩の力が抜ける。


「良かった……心拍数も測ってみて」


凛は手首に指を当てた。


ドクン…ドクン…ドクン…


さっきより遅い。落ち着いてきている。


15秒で19回。1分で76回。


「76……」凛が報告した。「下がった……でもまだ正常じゃない……」


美波が複雑な表情をした。眉間に皺が寄る。


「逆位相音は進行を遅らせることはできる。でも完全には防げない……時間稼ぎにしかならない……」


凛はそれを理解していた。対症療法。根本的な解決じゃない。


「なら」凛が言った。「早く残りのメディアを集めよう。MD、8mmフィルム。そして5つ揃えて上書き消去する」


美波は頷いた。「そうだね。でも今日はもう休もう。凛、疲れてるでしょ」


確かに凛は疲れていた。心も身体も。骨の髄まで。


「うん……少し休む……」


窓の外を見る。雨はまだ降り続いている。「ザーザー」という音。終わらない雨。

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