表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ムネモシュネの箱 ― 73Hzの永遠 ―  作者: 大西さん
第四章「カセットテープの記録」
95/131

第94話「8mmフィルムの準備」

午後1時。


大学の映像学科。資料室。


そこには古い映像機材が並んでいた。16mmプロジェクター、8mmプロジェクター、ベータカム。様々なレトロ機材。博物館のように。


「あった!」美波が8mmプロジェクターを見つけた。


古いが、まだ動きそう。金属製のボディ。重厚な作り。


「借りられる?」凛が聞いた。


「多分――」美波が管理人に確認しに行った。


数分後、戻ってきた。「OK。今日中に返却すれば」


二人はプロジェクターを運び出した。重い。10キロくらい。二人で持つ。


「重いね」凛が言った。


「でも運べる」美波が答えた。


車に積み込む。そして凛の部屋に戻った。


午後3時。セッティング開始。


プロジェクターをテーブルに設置する。壁に白い布を張る。スクリーン代わり。


そして8mmフィルムをプロジェクターにセットする。リールを取り付ける。フィルムを慎重に通す。


「準備完了」美波が言った。


「でも凛」彼女が真剣な顔で続けた。「本当に見る? 8mmフィルムは一番古い記録方法。化学的に固定された映像。もしかしたら一番強力かもしれない……」


凛はそれでも決意していた。


「見る。美咲が言ってた。解放してって。そのためには5つ揃えないと」


美波は頷いた。「分かった。でも何かあったらすぐ止める。約束して」


「約束する」


凛は心拍数を測った。


ドクン…ドクン…ドクン…


15秒で21回。1分で84回。


「84……変わってない……」


「よし」美波が言った。「じゃあ始めよう」


部屋の明かりを消す。暗闇。窓から差し込む灰色の光だけ。


美波がプロジェクターのスイッチを入れた。


カタカタカタカタ――


プロジェクターが回転を始めた。機械的な音。規則的な音。フィルムが回る音。


壁に光が投影される。白い光。そしてカウントダウン。


8…7…6…5…4…3…2…1…


映像が始まった。


防音室。グレーの壁。吸音材が貼られた壁。グランドピアノ。そしてピアノの前に座る少女。


美咲。


白いワンピースを着た14歳の少女。頭には電極が貼り付けられている。7つの電極。そこから伸びるケーブルが壁際の機械へと繋がっている。


画面の隅にタイムコードが表示された。


「1999.12.3 23:47」


美咲がじっとピアノを見つめている。動かない。怯えている。小さな身体が震えている。


そして声が聞こえた。正臣の声。スピーカーから。


「準備はいいかい、美咲」


美咲がか細い声で答えた。「……はい」


「怖がらなくていい。すぐに終わる」


「……お父さん」


「我慢しろ。これはお前のためなんだ」


凛は息を詰めて見つめた。


これがあの夜。25年前の12月3日。美咲が記録された夜。そして父・隆も記録された夜。


映像は続いた。


美咲がピアノを弾き始める。ドビュッシー。月の光。美しい旋律。


でもその音は――映像だから音は聞こえないはずなのに――凛には聞こえた。


頭の中に直接音が流れ込んでくる。ピアノの音。そして低周波のうなり。


73Hz。


ブーーーーーン……


凛の身体が震え始めた。心臓がリズムを変え始める。


ドクン…ドクン…ドクン…


速くなっていく。


「凛……」美波の声が遠くから聞こえる。


でも凛は映像から目が離せない。美咲の演奏。その指の動き。表情の変化。すべてが凛の脳に刻まれていく。


そして映像が切り替わった。


別の部屋。同じような防音室。でもピアノはない。


代わりに椅子に座った一人の男性。


隆。凛の父。


「お父さん……」凛が呟いた。


映像の中の隆がマイクに向かって話し始めた。無声映像だから声は聞こえない。


でも凛には聞こえた。


「僕は1974年、東京で生まれました……」


父の声。父の人生。父の告白。すべてが凛の心に流れ込んでくる。


そして最後の言葉。


「愛してる。香織。そして生まれてくる子供。凛と名付けたい」


凛はもう涙が止まらなかった。


父の愛。娘への愛。それが8mmフィルムに永遠に刻まれていた。


でもその代償は――父の個。父の人生。すべてを記録に捧げた。


映像が終わった。フィルムが最後まで回った。


カタカタカタカタ……


プロジェクターが止まる。部屋に静寂が戻った。


凛はぼんやりと白い壁を見つめていた。


「凛……」美波が凛の肩を揺さぶった。「心拍数測って」


凛はゆっくりと手首に指を当てた。


ドクン…ドクン…ドクン…


速い。とても速い。


15秒で22回。1分で88回。


「88……」凛が呟いた。「また上がった……」


美波の顔が真っ青になった。


「やばい……あとフロッピーを見たら――73を超えるかもしれない……」


凛はそれを理解していた。もう限界が近い。


でもあと1つ。フロッピーディスク。それを見れば5つ揃う。


そして上書き消去できる。元に戻れる。


そう信じて――凛は前に進むしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ