第92話「美咲の最後の願い」
MDは続いた。
「11月15日。今日、お母さんの声を聞いた。お父さんがカセットテープを再生してくれた」
「お母さんのピアノ。お母さんの声。でも何かが違った。本当のお母さんじゃない。記録されたお母さん」
「それはお母さんの形をした何か。私もそうなるの?」
美咲の声がさらに震えた。恐怖。純粋な恐怖。
「11月20日。お父さんが言った。『もうすぐだ。12月3日に実験をする。5つのメディアで完全な記録を。お前は永遠になる』」
「でも私は永遠になりたくない」
「私はただ生きたかった。普通に。友達と笑って。恋をして。大人になって。それだけで良かった」
「でももう無理」
凛は声を上げて泣いていた。止められない涙。美咲の悲しみが自分の悲しみのように感じられる。
「凛……」美波が心配そうに見る。「大丈夫? 止める?」
「ううん……」凛が首を振った。「最後まで聞く……美咲の声を……」
MDは最後の日記に入った。
「12月2日。明日、実験」
「怖い。とても怖い。でももう逃げられない」
「お父さんはもう正気じゃない。記録に取り憑かれてる。お母さんを失ってからずっと」
「そして私も失おうとしてる」
「でも一つだけ願いがある」
「もしこの記録を誰かが聞いたら――お願い」
「私を解放して。記録から解放して」
「私は永遠になんて、なりたくない」
「ただ消えたい。安らかに消えたい」
そこでMDが終わった。
静寂。
凛と美波はしばらく何も言えなかった。
美咲の最後の願い。解放。記録からの解放。
「美咲……」凛が涙を拭いた。「解放してって……でもどうやって……」
美波が考え込んだ。「5つ集めて上書き消去すれば――美咲も解放されるんじゃない?」
「そうかもしれない……」凛が頷いた。
「じゃあやらなきゃ。美咲のためにも。お母さんのためにも。お父さんのためにも。そしてすべての記録された人のために」
美波は凛の手を握った。「うん。一緒にやろう」
凛は心拍数を測った。
ドクン…ドクン…ドクン…
15秒で21回。1分で84回。
「84……」「また上がった……」
美波の顔が曇った。「MDを聞いて4も上がった……」
「VHSで68から76へ(+8)」
「カセットで76から80へ(+4)」
「MDで80から84へ(+4)」
「このペースだと」美波が計算した。「あと2つ――フロッピーと8mmフィルムを見たら92くらいになる……」
「まだ73じゃない」凛が言った。「大丈夫。そして5つ揃えたらすぐに上書き消去する。そうすれば元に戻れる」
でも美波の表情は晴れなかった。
本当に大丈夫なのか。それとも何か見落としているのか。
不安が胸を締め付ける。でも進むしかない。
美咲の願いを叶えるために。すべての記録された人を解放するために。
窓の外で雨が降り始めた。冷たい冬の雨。灰色の空から落ちてくる。
凛は空を見上げた。美咲が見ていた空。青い空。白い雲。
「あの空の下を歩けない」と言った美咲。
でも今、凛は歩ける。生きている。
だからこそ――美咲を解放しなければ。




