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ムネモシュネの箱 ― 73Hzの永遠 ―  作者: 大西さん
第四章「カセットテープの記録」
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第92話「美咲の最後の願い」

MDは続いた。


「11月15日。今日、お母さんの声を聞いた。お父さんがカセットテープを再生してくれた」


「お母さんのピアノ。お母さんの声。でも何かが違った。本当のお母さんじゃない。記録されたお母さん」


「それはお母さんの形をした何か。私もそうなるの?」


美咲の声がさらに震えた。恐怖。純粋な恐怖。


「11月20日。お父さんが言った。『もうすぐだ。12月3日に実験をする。5つのメディアで完全な記録を。お前は永遠になる』」


「でも私は永遠になりたくない」


「私はただ生きたかった。普通に。友達と笑って。恋をして。大人になって。それだけで良かった」


「でももう無理」


凛は声を上げて泣いていた。止められない涙。美咲の悲しみが自分の悲しみのように感じられる。


「凛……」美波が心配そうに見る。「大丈夫? 止める?」


「ううん……」凛が首を振った。「最後まで聞く……美咲の声を……」


MDは最後の日記に入った。


「12月2日。明日、実験」


「怖い。とても怖い。でももう逃げられない」


「お父さんはもう正気じゃない。記録に取り憑かれてる。お母さんを失ってからずっと」


「そして私も失おうとしてる」


「でも一つだけ願いがある」


「もしこの記録を誰かが聞いたら――お願い」


「私を解放して。記録から解放して」


「私は永遠になんて、なりたくない」


「ただ消えたい。安らかに消えたい」


そこでMDが終わった。


静寂。


凛と美波はしばらく何も言えなかった。


美咲の最後の願い。解放。記録からの解放。


「美咲……」凛が涙を拭いた。「解放してって……でもどうやって……」


美波が考え込んだ。「5つ集めて上書き消去すれば――美咲も解放されるんじゃない?」


「そうかもしれない……」凛が頷いた。


「じゃあやらなきゃ。美咲のためにも。お母さんのためにも。お父さんのためにも。そしてすべての記録された人のために」


美波は凛の手を握った。「うん。一緒にやろう」


凛は心拍数を測った。


ドクン…ドクン…ドクン…


15秒で21回。1分で84回。


「84……」「また上がった……」


美波の顔が曇った。「MDを聞いて4も上がった……」


「VHSで68から76へ(+8)」

「カセットで76から80へ(+4)」

「MDで80から84へ(+4)」


「このペースだと」美波が計算した。「あと2つ――フロッピーと8mmフィルムを見たら92くらいになる……」


「まだ73じゃない」凛が言った。「大丈夫。そして5つ揃えたらすぐに上書き消去する。そうすれば元に戻れる」


でも美波の表情は晴れなかった。


本当に大丈夫なのか。それとも何か見落としているのか。


不安が胸を締め付ける。でも進むしかない。


美咲の願いを叶えるために。すべての記録された人を解放するために。


窓の外で雨が降り始めた。冷たい冬の雨。灰色の空から落ちてくる。


凛は空を見上げた。美咲が見ていた空。青い空。白い雲。


「あの空の下を歩けない」と言った美咲。


でも今、凛は歩ける。生きている。


だからこそ――美咲を解放しなければ。

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