表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ムネモシュネの箱 ― 73Hzの永遠 ―  作者: 大西さん
第四章「カセットテープの記録」
92/132

第91話「MDの到着」

12月8日 月曜日 午前10時。


ピンポーン――


インターホンが鳴った。


凛はドアを開けた。配達員が立っている。いつもの無表情。


「佐々木様ですね」


「はい」


「こちら、お届けものです」


小さな封筒。凛はそれを受け取った。


「ありがとうございました」


配達員が去る。凛は封筒を見つめた。


marie_1985。またこの名前。


中には――MD。美咲の日記。14歳の少女の最後の記録。


部屋に戻る。美波が待っていた。彼女は週末ずっと作業していた。逆位相音の強化。すべての周波数に対応するために。


「届いた?」美波が聞いた。目が充血している。徹夜したのだろう。


「うん。でも美波、ちゃんと寝た?」


「少しは」美波が微笑んだ。でも嘘だとすぐ分かる。


「無理しないで」


「大丈夫。それより、これ見て」美波がノートパソコンの画面を見せた。


複雑なグラフ。無数の波形が重なり合っている。


「逆位相音を強化した。73Hzの倍音と約数、合計15の周波数に対応できるようにした」


「すごい……」凛が感嘆した。


「でも」美波が続けた。「完璧じゃない。柳沢正臣の技術は想像以上に複雑。多分、もっと多くの周波数が隠れてる」


「それでも」凛が言った。「前よりは効くでしょ?」


「うん。多分」


凛は封筒を開けた。中からMDが出てきた。


小さな四角いディスク。透明なケース。ラベルには手書きで「美咲の日記 - 1999.11-12」と書かれていた。


文字は子供っぽい。丸っこい。でも震えている。


「MDプレーヤー、ある?」凛が聞いた。


「実家から借りてきた」美波がテーブルの上を指差した。


そこにはSONY製のMDプレーヤー。1990年代後半の機種。シルバーのボディ。


「準備する?」美波が聞いた。


凛は迷った。昨日の疲れがまだ残っている。頭痛も完全には消えていない。


でも時間がない。明日は12月9日。8mmフィルムが届く予定日。その次はフロッピーディスク。


5つ揃えるまで――あと少し。


「うん」凛が決めた。「でも今度は慎重に。少しずつ聞く。何かあったらすぐ止める」


美波は頷いた。「分かった。逆位相音も最大出力で流す」


二人は準備を始めた。MDプレーヤー、スピーカー、ノートパソコン、録音用マイク。すべてをセッティングする。


「心拍数、測っておこう」美波が言った。


凛は手首に指を当てた。


ドクン…ドクン…ドクン…


15秒で20回。1分で80回。


「80……」凛が報告した。「昨日と変わってない……」


「よし」美波が頷いた。「じゃあ始めよう」


凛はMDをプレーヤーに挿入した。「シュッ」という音。ディスクが収まる音。


再生ボタンに指を置く。


深呼吸。


「行くよ」


凛がボタンを押した。


ディスクが回転を始めた。「ウィーン」という高速回転の音。


数秒後――音が流れてきた。


少女の声。


「11月1日。今日から日記をつけることにした」


美咲の声。14歳の少女。でもその声はどこか悲しげだった。


「お母さんが言ってた。記録しなさいって。あなたの人生を。あなたの思い出を。すべてを記録しなさいって」


凛と美波は息を詰めて聞いた。


美咲の声は落ち着いていた。でもその奥に恐怖が隠れていた。


「私は白血病。末期。余命は2ヶ月」


「お母さんはもういない。1年前に死んだ。いや、死んだというより記録された。お父さんの実験で」


「そして次は私の番」


凛の目から涙が溢れた。14歳の少女。死を目前にして。一人で。


「11月5日。今日、お父さんと話した。記録について」


「お父さんは言った。『美咲、お前は永遠になれる。死なない。お母さんと一緒にいられる』」


「でも私は怖い。本当に私のままいられるの? それとも何か別のものになってしまうの?」


美咲の声が震え始めた。泣いている。14歳の少女が一人で。


「11月10日。学校に行けなくなった。身体がもう動かない。ベッドでずっと横になってる」


「窓から空が見える。青い空。白い雲。私はもうあの空の下を歩けない」


凛は声を上げて泣いていた。美咲の悲しみ。美咲の恐怖。それが凛の心に直接流れ込んでくる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ