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ムネモシュネの箱 ― 73Hzの永遠 ―  作者: 大西さん
第四章「カセットテープの記録」
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第87話「真理子の告白」

美波は機材をセッティングした。カセットデッキ、スピーカー、ノートパソコン、録音用のマイク。すべてをケーブルで繋いでいく。「カチッ、カチッ」という接続音。


「これで音声をリアルタイムで録音する。そして同時に逆位相音を流す。73Hzを打ち消す」


凛はその隣に座った。心臓が速く打っている。緊張で手のひらが汗ばんでいる。


「心拍数、測っておこう」美波が言った。


凛は自分の手首に指を当てた。橈骨動脈。脈を測る。


ドクン…ドクン…ドクン…


15秒で17回。1分で68回。


「68。まだ正常」凛が報告した。


「よし」美波が頷いた。「じゃあ始めよう」


凛はカセットテープをデッキに挿入した。カチャッという音。テープが収まる。再生ボタンに指を置く。


美波がノートパソコンのキーを叩く。「カタカタカタ」という音。


「逆位相音準備完了。録音開始」画面にリアルタイムの波形が表示される。「いつでもいいよ」


凛は深呼吸をした。一度。二度。三度。肺に空気を満たす。そして吐き出す。


再生ボタンを押した。


カチッ。


テープが動き始めた。「ウィーン」というモーター音。


ヒス――というテープノイズ。白い雑音。


そして最初の音が流れてきた。


呼吸だった。女性の呼吸。ゆっくりと深く。緊張した呼吸。


そして声。


「私の名前は――柳沢真理子。42歳。ピアニスト」


凛と美波は息を詰めて聞いた。身動きせずに。


真理子の声は落ち着いていた。でもどこか悲しみを含んでいた。諦めのような。覚悟のような。


「1998年11月15日。今日、私は記録されます。夫・正臣の実験の最初の被験者として」


凛は画面を見た。美波のノートパソコン。波形が激しく動いている。上下に揺れる線。


そして73Hzのピーク。確かにある。赤い線で示されている。


でも逆位相音も同時に流れている。青い線。打ち消し合っている。今のところ大丈夫。


真理子の声が続く。


「怖い? もちろん怖い。でも私にはもう時間がない」


「私は末期の癌です。膵臓癌ステージ4。余命は3ヶ月」


凛の胸が締め付けられた。呼吸が浅くなる。


「でも正臣は言いました。記録すれば永遠に生きられると。意識を保存できると。そしていつか蘇らせることができると」


真理子は死を目前にしていた。でも夫を信じた。科学を信じた。永遠になれると信じた。


「美咲……」真理子の声が震えた。涙声になった。


「私の愛する娘。あなたを残して逝くのが一番辛い」


「でももし――この記録が成功すれば――私は消えない。あなたといつまでも一緒にいられる」


涙が凛の頬を伝った。温かい涙。止められない涙。


母の愛。娘への愛。


それがこの記録の始まりだった。


死への恐怖ではなく。愛ゆえに。娘のために。


真理子は自分を記録することを選んだ。

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