第83話「研究ノートの解読」
二人は「RESEARCH_073.txt」を開いた。
柳沢正臣の研究ノート。長いテキストファイル。
スクロールして読んでいく。
『1997年8月3日
73Hzの発見。
人間の脳波と最も共鳴する周波数。α波(8-13Hz)でもβ波(13-30Hz)でもない。その倍音領域。73Hz。
この周波数で変調された音波は脳の深部まで到達する。海馬、扁桃体、前頭前野。記憶と感情の中枢。
1998年3月15日
真理子での実験。不完全ながら記録に成功。しかし、彼女の意識は崩壊した。
原因:記録メディアの不足。VHSとカセットと8mmフィルムだけでは人間の意識の全容を記録できない。
解決策:多重記録システム。5種類のメディアによる完全な記録。
1999年12月3日
美咲と隆での実験。5つのメディアで完全な記録に成功。
彼らの意識はすべてのメディアに分散記録された。
そしてムネモシュネの箱に統合記録として保存された。
これで人類は死を克服できる。意識を永遠に保存できる。
そしてすべての人類が一つになれる。
孤独は消える。争いはなくなる。完璧な調和。
それが私の夢。』
凛と美波は黙って読み終えた。
そして顔を見合わせた。
「柳沢正臣は――」
美波が呟いた。
「本気で人類を救おうとしてたんだ……」
「でも――」
凛が言った。
「それは個を消すことだ。すべての人が一つになる。それって本当に幸せなの?」
美波は答えられなかった。
確かに孤独は辛い。争いは悲しい。
でも、個を失うことが解決策なのか。
「私は――」
凛が言った。
「個でいたい。孤独でも、苦しくても、私は私でいたい。だから記録を消去する。5つ集めて元に戻る」
美波が凛の手を握った。温かい手。
「うん。一緒にやろう」




