第07話「五つのメディアに刻まれる魂」
VHSデッキのランプは、美咲の姿を映像として刻んでいる。
水平解像度400本。現代のハイビジョンに比べれば、粗く、ぼやけた映像。だが、それは魂の輪郭を捉えるには、十分すぎるほどの解像度だった。
走査線が、上から下へ、美咲の顔を舐めるように走る。1秒間に30回。その度に、彼女の表情が――恐怖、苦痛、諦め、そして一瞬の安堵――が、磁気テープに焼き付けられていく。
カセットデッキのランプは、音を磁気パターンとして焼き付けている。
20Hzから20kHz。人間の可聴域。だが、その帯域の外にある「何か」――人間の耳には聞こえないはずの、彼女の苦痛や恐怖の周波数までも、テープは忠実に記録していた。
特に、73Hzの成分が、異常なほど強調されている。
スペクトラムアナライザーで見れば、そこだけが鋭く尖った山となって聳え立っているのが見えるだろう。まるで、全てのエネルギーがその一点に集中しているかのように。
MDのランプは、デジタル圧縮しながらも、意図的に「ノイズ」を残している。
非可逆圧縮。失われる情報。だが、失われるからこそ、その隙間に宿るものもある。魂の断片は、データとデータの間、0と1の狭間に記録される。
量子化誤差。ディザリング。それらは本来、排除すべきノイズだ。だが、正臣はそれを残した。いや、むしろ強調した。なぜなら、人間の意識とは、完全な秩序と完全な混沌の、その境界線上にしか存在しないものだから。
フロッピーのランプは、脳波センサーから送られてくる膨大なデータを記録している。
α波、β波、γ波、δ波、θ波。
そして、そのどれにも分類できない、異常で巨大な振幅を持つ、未知の波形を。
それは、死にゆく者だけが発する、特別な脳波だった。正臣はそれを「Ω(オメガ)波」と名付けていた。終わりの波。だが同時に、始まりの波でもある。
8mmカメラのランプは、秒間24コマで魂の断面を切り取っている。
化学反応。光と影。永遠に固定される、一瞬の連続。
フィルムの乳剤層に含まれるハロゲン化銀が、光を受けて変化する。その変化は、可逆的ではない。一度焼き付けられた画像は、二度と消えない。美咲の姿が、分子レベルで、物質に刻み込まれていく。
そして、中央に鎮座する黒い箱、『ムネモシュネ』のランプは――
不規則に、まるで不整脈を起こした心臓のように明滅していた。
時折、二重、三重に脈打つ。まるで、箱の中に、複数の心臓が存在しているかのように。
「もう少しだ、美咲。お母さんと一緒になれる」
父の声に、初めて抑えきれない感情が滲んだ。
科学者としての興奮、父としての罪悪感、そして未知への恐怖。彼の体臭が変わった。汗の匂い。だが、それは運動した後の爽やかな汗ではない。極度の恐怖に陥った時にだけ分泌される、アドレナリンとコルチゾールが混じった、獣のような、原始的な匂い。
「もう少しで、完成する」
その言葉と同時に、美咲の舌に、強烈な甘い味が広がった。
蜂蜜?
いや、違う。
これは――電気の味だ。
舌が、口内が、ピリピリと痺れる。まるで、9V電池を舐めた時の、あの感覚。だが、もっと強い。もっと深い。痺れは神経を遡り、脳の奥、意識の源流まで到達する。




