第69話「柳沢正臣の論文」
凛は図書館に向かった。美波も一緒に。
二人で個室の閲覧室に入る。誰にも邪魔されない場所。ドアを閉める。
凛は論文を広げた。机の上に。
『音響パターンによる意識情報の記録と転写の可能性』
柳沢正臣著 1997年
要旨から読み始める。
「本研究は、人間の意識を音響パターンとして記録し、他者へ転写する可能性について論じる。脳波は電気信号であり、これを音波に変換することで、アナログメディアへの記録が可能となる。特に73Hzの低周波は、人間の脳波と共鳴しやすく、意識情報の運搬媒体として最適である。本論文では、5種類の記録メディア(VHS、カセットテープ、MD、フロッピーディスク、8mmフィルム)を用いた多重記録システムを提案する」
凛と美波は顔を見合わせた。
「5種類のメディア……」
美波が呟いた。
「やっぱり、全部意味があったんだ」
凛は読み続けた。論文の本文。そこには各メディアの役割が書かれていた。
「各メディアは、意識の異なる層を記録する。
VHSテープ:視覚野の情報。映像記録により、視覚的記憶を保存。
カセットテープ:聴覚野の情報。音声記録により、聴覚的記憶と感情を保存。
MD:感情の中枢。デジタル圧縮により、感情の微細な変化を記録。
フロッピーディスク:論理的思考。脳波の生データとして、思考パターンを記録。
8mmフィルム:深層記憶。化学反応による永続的な記録。魂の形を固定する。
これら5つを同時に再生することで、完全な意識のコピーが可能となる」
「完全な意識のコピー……」
凛が呟いた。
「それって――」
美波が考え込む。
「5つ全部見たら、完全に記録されるってこと?」
「でも――」
凛が論文の次のページを見た。
そこには重要な一文があった。赤線が引かれている。山本教授が引いたのだろう。
「注意:5つのメディアを揃えることは、記録の完成を意味する。しかし、これは同時に、上書き消去の可能性も示唆する。完全な記録があれば、理論上、元の状態への復元が可能である」
「上書き消去……」
凛の目が輝いた。
「これよ!」
「え?」
「5つ揃えれば、記録を消去できるかもしれない!」
美波も論文を覗き込んだ。
「本当だ……完全な記録があれば、復元可能……」
二人は希望を見出した。
VHSテープだけでは不完全な記録。でも5つ全部揃えれば完全な記録になる。
そして、完全な記録があれば――元に戻せる。
「凛」
美波が言った。
「残りのメディアを探そう。全部集めよう。そして、記録を消去しよう」
凛は頷いた。
「うん。でも、どこにあるんだろう」
「フリマアプリ?」
二人はスマートフォンを取り出した。
marie_1985のページを開く。
そして――見つけた。
新しい出品。
「脳波データ - フロッピーディスク」
価格:500円
説明文:「1999年12月3日の記録。研究用データが含まれています」
「これだ……」
凛が呟いた。
「次は、フロッピー」




