第06話「赤い記録ランプの明滅」
カチリ――
カセットデッキの磁気ヘッドが、茶色い磁気テープに接触する。
磁性体の粒子が、音の振動に合わせて向きを変え、情報を永遠に刻み始める。テープが巻き取りリールに引っ張られる、微かな「シュルシュル」という音。それは、まるで何かが呼吸しているかのようだった。
ガチャン――
VHSデッキの回転ヘッドが、高速で回転しながら、斜めにテープを走査する。
毎分1800回転。秒間30回転。映像信号が、磁気の濃淡パターンとして、螺旋状に刻まれていく。回転ヘッドが空気を切る、「ヒューン」という高い音。それは美咲の耳には、まるで遠くで誰かが悲鳴を上げているかのように聞こえた。
ピッ――
MDレコーダーのレーザーが、磁気光学ディスクにデジタルの穴を焼き付ける。
全ての響きが、0と1の羅列へと変換される。ATRAC圧縮。データレート292kbps。人間の耳には聞こえないはずの高周波成分が、容赦なく削られていく。だが、その削られた部分にこそ、魂の最も繊細な部分が宿っているのではないか――そんな疑念が、美咲の脳裏をかすめた。
ジジジ――
フロッピードライブの磁気ヘッドが、ディスク表面を削るように動き、美咲の脳波パターンをデータとして書き込んでいく。
トラック0からトラック79まで、80本の同心円状の記録帯。1.44メガバイト。人間の意識を、たったそれだけの容量に圧縮できるのだろうか。美咲は、自分という存在が、どんどん小さく、薄く、軽くなっていくのを感じた。
カタカタカタ――
8mmカメラの銀塩フィルムが、光を化学反応として定着させる。
美咲の姿が、永遠に固定されていく。ハロゲン化銀の結晶が、光子を捕らえ、還元され、黒い金属銀となって画像を形成する。化学。物理。そして、その先にある何か。
五つの機械が、五つの異なる方法で、柳沢美咲という存在を、記録し始めた。
美咲の演奏は、クライマックスへと向かっていた。
『月の光』と『とおりゃんせ』は完全に融合し、もはやどちらでもない、新しい音楽へと変貌していた。それは、美しく、悲しく、不気味で、優しく、そして恐ろしい響きを持っていた。
指先が、鍵盤との摩擦で焼けるように熱い。
指紋が、象牙の表面に焼き付いてしまいそうだ。額から流れ落ちた汗が、ポツリ、と鍵盤に落ちる。塩分を含んだその一滴が、象牙の微細なヒビに、黒い染みを作った。
「お父さん…苦しい…」
美咲が弱々しく呟いた。だが、正臣は止めない。
「もう少しだ、美咲。もう少しで、完成する」
部屋中に散らばる、無数の赤いRECランプ。
その全てが、美咲の心臓と同じ、73回/分のリズムで、まるで生命のように明滅している。




