第67話「朝食の異変」
凛は卵を焼いた。フライパンに油を引く。「ジュー」という音。卵が白く固まっていく。
トーストを焼いた。トースターに入れる。2分後、「チン」という音。
コーヒーを淹れた。お湯を注ぐ。香ばしい香りが立ち上る。
いつもの朝食。でも今日は二人分。美波の分も。
テーブルに並べる。その時――美波が起きてきた。
「おはよう、凛」
寝癖のついた髪。眠そうな目。
「おはよう」
「わあ、朝ごはん作ってくれたの?」
「うん」
「ありがとう!」
美波が嬉しそうに席に着く。二人で食べ始める。
凛は卵を口に運んだ。フォークで切る。柔らかい食感。
噛む。
そして――味がした。
「あ……」
凛が思わず声を上げた。
「どうしたの?」
美波が心配そうに見る。
「味が――味が、する」
凛は驚いていた。目を見開いている。
ここ数日、いや数週間、何を食べても味がしなかった。すべてが無味だった。
でも今――卵の味がちゃんと分かる。
塩の味。微かな塩気。
バターの香り。濃厚な香り。
卵の甘み。優しい甘さ。
すべてが鮮明に感じられる。
「良かったね」
美波が微笑んだ。
「逆位相音、効いてるんだよ。73Hzの影響がなくなったから、感覚も戻ってきたんだ」
凛は涙が出そうになった。目頭が熱くなる。
味が戻った。こんなに嬉しいなんて。
当たり前のことが、どれだけ大切か。失って初めて分かった。
「美波」
凛が言った。
「本当にありがとう。あなたのおかげで、私助かった」
美波が少し照れくさそうに笑った。
「当たり前でしょ。友達だもん」
二人は朝食を食べ続けた。
久しぶりに食事が美味しい。トーストのサクサクした食感。コーヒーの苦み。
生きている実感がある。
でも――凛の心の奥底では、何か小さな違和感がまだ残っていた。
洗面所で見た、あの微かな違和感。
それは消えていなかった。




