第63話「実験」
画面に美咲の姿が映った。
音が流れ始める。ピアノの音。そして、低周波のうなり。73Hz。
でも同時に――スピーカーから別の音が流れている。逆位相音。
人間の耳にはほとんど聞こえない。だが、確かにそこにある。
二つの音が空間で干渉し合う。
美波はじっと画面を見つめている。凛は美波の脈を測り続けている。
ドクン…ドクン…ドクン…
まだ正常。68回/分。
1分経過。
美波の表情は変わらない。集中して画面を見ている。だが、苦しそうではない。
2分経過。
凛が脈を測る。
「どう?」
美波が聞いた。
「まだ68。変わってない」
「よし……」
美波が小さくガッツポーズをした。
「効いてる……」
3分経過。
画面の中の美咲が狂い始めている。演奏が加速している。
でも、美波は大丈夫。呼吸も正常。表情も穏やか。
5分経過。
「まだ68」
凛が報告する。
「完璧……」
美波が呟いた。
「逆位相音、ちゃんと機能してる」
7分経過。
画面の中の美咲が崩れ落ちた。心拍計のフラットライン。
ピーーーーーー……
でも、美波は大丈夫。
「もう一度測って」
美波が言った。
凛が脈を測る。
ドクン…ドクン…ドクン…
「67。少し下がったけど、73にはなってない」
美波が停止ボタンを押した。画面が消える。音が止まる。
二人はしばらく黙っていた。
そして――美波が言った。
「成功だ」
「本当に?」
「うん」
美波が大きく頷いた。
「逆位相音は、ちゃんと効く。73Hzの影響を完全にブロックできる」
凛は美波を抱きしめた。
「ありがとう……ありがとう美波……これで私も助かる……」
美波が凛の背中を撫でた。
「うん。大丈夫。もう心配ない。凛は記録されない。73Hzに支配されない」
二人はしばらく抱き合っていた。
安堵と喜びと、そして友情。
すべてがその抱擁の中にあった。




