第60話「父の手紙」
「お母さん」
凛が言った。
「その手紙――今すぐ読みたい」
「分かった。写真を撮って送るわ。待ってて」
数分後。
LINEに画像が届いた。「ピコン」という通知音。
便箋に手書きの文字。父の字。
凛は震える指で画像を拡大した。そして、読み始めた。
『凛へ
この手紙を読んでいるということは、お前はもう15歳くらいだろうか。
お父さんは、お前に会ったことがない。
会いたかった。でも、会えなかった。
お父さんの中には、もうお父さんだけじゃない。
たくさんの人がいる。
柳沢正臣。美咲。真理子。他の被験者たち。
みんなの意識が混ざり合っている。
時々、お父さんは自分が誰だか分からなくなる。
そんな状態で、お前に会うわけにはいかなかった。
でも、一つだけ。確かなことがある。
お父さんは、お前を愛している。
そして、お母さんを愛している。
それだけは、誰とも混ざらない。お父さんだけの感情だ。
もし、お前が記録を見つけたら――
もし、VHSテープを見てしまったら――
美波さんを頼りなさい。
彼女は助けてくれる。
そして――73Hzに負けるな。
お前はお前だ。
誰とも混ざる必要はない。
一人でもいい。
お前はお前として生きていける。
強い子だから。お母さんに似て。
いつか――この記録がすべて消える日が来ることを、お父さんは願っている。
そして――お前が幸せになることを。
愛している。
お父さんより』
凛は画面を見つめたまま動けなかった。
涙が止まらなかった。顎から落ちる。スマートフォンの画面を濡らす。
美波がそっと凛の背中を撫でた。温かい手。
「良かったね、凛」
「お父さん――ちゃんと愛してくれてたんだね」
凛は頷いた。言葉が出ない。ただ泣くことしかできなかった。




