第54話「凛への影響」
美波がすぐに停止ボタンを押した。
リモコンを掴み、強く押す。「カチッ」という音。
画面が消える。砂嵐も消える。
部屋は静寂に戻った。
だが、その静寂は重かった。まるで空気そのものが重くなったような。呼吸するのも苦しい。
凛は床に座り込んでいた。涙で顔がぐしゃぐしゃだった。
「凛……」
美波が凛の肩を抱いた。
「大丈夫?」
凛は頷くこともできなかった。ただ震えていた。
父の声。父の告白。そして父の死。
すべてを見てしまった。聞いてしまった。
「お父さん……」
凛が呟いた。声が掠れている。
「お父さん……」
美波は何も言わず、ただ凛を抱きしめていた。温かい腕。生きている人間の温もり。
しばらくして、凛が落ち着いてきた。涙が止まった。呼吸が整ってきた。
「ありがとう、美波」
凛が言った。
「ううん」
美波が優しく微笑んだ。
「でも凛――」
「うん?」
美波が真剣な顔になった。
「あなた、大丈夫? 心拍数測ってみて」
凛は自分の手首に指を当てた。橈骨動脈。脈を測る。
ドクン…ドクン…ドクン…
規則正しいリズム。
15秒で――18回。いや、19回?
計算する。1分で――
「73……」
凛が呟いた。
美波が頷いた。
「そう。あなたの心拍数、完全に73で固定されてる。さっきまでは違ったのに。テープを見た後――ずっと73」
凛は恐怖を感じた。
だが同時に――何か安心感もあった。
不思議な感覚。まるで、あるべき場所に戻ったような。
「これって――」
凛が聞いた。
「転写が始まったってこと?」
美波はしばらく考えて、そして答えた。
「分からない。でも、確実に影響は受けてる」
美波がノートパソコンの画面を見せる。
「73Hzの信号があなたの脳波と共鳴してる。そして、心拍数を同調させてる」
「じゃあ私――このまま、美咲やお父さんみたいに――」
美波が凛の両肩を掴んだ。強く。
「大丈夫。まだ引き返せる。今から対策を考える。一緒に戦おう」
凛は美波の目を見つめた。本気で助けようとしてくれている。
この人は本当に優しい。
「ありがとう」
凛は言った。
「でも――」
「でも?」
「お父さんの声、聞けて良かった」
凛は微笑んだ。涙の跡が残る顔で。
「お父さん、私のこと愛してくれてたんだ。会えなかったけど、この記録で会えた。だから――後悔はしてない」
美波は何も言わず、また凛を抱きしめた。




