第49話「実験の始まり」
「怖がらなくていい。すぐに終わる」
正臣の声。感情のない声。まるで機械のような。
「……お父さん」
美咲が言った。その声は震えている。
「私、怖い」
「我慢しろ」
冷たい返答。父親の声とは思えない。
「これはお前のためなんだ。永遠になるための儀式だ」
永遠になる。
その言葉が凛の胸に突き刺さる。
永遠になる。それは死ぬこと? いや、違う。もっと別の何か。
「弾きなさい」
正臣が命じた。
美咲はゆっくりとピアノに手を伸ばした。その指が震えている。
細い白い指。骨が浮き出ている。
鍵盤に触れる。
触れた瞬間――
凛の指先に冷たい感覚が走った。
「え?」
凛は思わず自分の手を見た。
でも、何も触れていない。ただ――冷たい。まるで氷に触れたように。
「凛、どうしたの?」
美波が心配そうに見る。
「何でもない……」
でも本当は何かが起きている。画面の中の美咲と、何かが繋がり始めている。
美咲が鍵盤を押した。
音が鳴った。ピアノの音。
だが――それは普通のピアノの音ではなかった。
何か歪んでいる。周波数がおかしい。まるで音が引き伸ばされているような。
あるいは――音の中に別の音が混ざっているような。
凛の耳の奥が痛くなった。キーンという耳鳴り。
美波も顔をしかめた。
「この音……変だ……」
彼女はノートパソコンを見た。画面に表示される波形。
「あった……」
美波が息を呑んだ。
「73Hz……」
「本当にあるの?」
「うん……」
美波が画面を指差す。その指が震えている。
「ここ。73Hzに鋭いピークが……そして、その倍音も……146Hz、219Hz、292Hz……すべて73の整数倍……」
「これは――」
美波の顔が青ざめた。
「本物だ……柳沢正臣の理論――本物だったんだ……」
部屋の空気がさらに冷たくなった。
そして――画面の中で、美咲の演奏が始まった。




