第43話「開封」
凛はカッターナイフを取り出した。引き出しから。刃を出す。「カチッ」という音。
段ボール箱のガムテープを切る。
ザクッ――
刃がテープを裂く音。その音が、妙に生々しく聞こえた。まるで何かの皮膚を切っているかのような。
そして――箱を開けた。
その瞬間――
部屋の温度が下がった気がした。
いや、気がしただけではない。確実に下がった。
凛の吐く息が白く見える。11月末。暖房をつけている部屋。室温は22度のはず。
なのに、まるで冷蔵庫の中にいるような寒さ。
そして――匂い。
段ボールの中から、古い空気の匂いが溢れ出してきた。
26年前の空気。
埃っぽい。酸っぱい。機械油の匂い。
そして――何か有機的な匂い。血? いや、もっと複雑な何か。
人間の体液が乾いた匂い。汗、涙、唾液。生命の痕跡が、時間とともに変質した匂い。
凛は箱の中を覗き込んだ。
そこには――黒いVHSテープが一本。
緩衝材に包まれて、静かに横たわっていた。プチプチと呼ばれる気泡緩衝材。透明なプラスチックの膜。
凛はそれを取り出した。緩衝材の「プチプチ」という音が、静かな部屋に響く。
手に持つ。
重さ――約200グラム。プラスチックケース、磁気テープ、金属部品。それらの物理的な重量。
だが、それは物理的な重さだけではない。
時間の重さ。記憶の重さ。意識の重さ。そして、魂の重さ。
凛の手が微かに震えた。
VHSテープの表面をじっと見つめる。
黒いプラスチック。所々に傷がある。使い込まれた跡。何度も再生された跡。
そして――ラベル。
白いラベル。そこには手書きで、震える文字で、たった二文字。
「呪い」
黒いマジックで書かれた文字。インクは所々滲んでいる。書いた人の手が震えていたのだろう。
凛の背筋に冷たいものが走った。
これは――本当に呪いなのか。
見た者を記録する呪い。 意識を転写する呪い。 個を消失させる呪い。
凛はテープを裏返した。
裏面にも何か書いてある。小さな文字。
「1999.12.3」
「Camera 01 / 美咲・隆」
美咲。そして――隆。
父の名前。
凛の予感は正しかった。このテープには父の記録も含まれている。




