第38話「目覚め」
午前3時27分。
凛は汗びっしょりで目覚めた。
パジャマが肌に張り付いている。背中、脇の下、額、すべてが濡れている。冷たい汗。
心臓が激しく鳴っている。ドクンドクンドクン――まるで胸から飛び出しそうなほど。
呼吸が荒い。肺が空気を求めている。口が乾いている。
夢。ただの夢。
でも――妙にリアルだった。
ピアノの鍵盤の冷たさ、防音室の匂い、父の声。すべてが生々しかった。
凛は自分の心拍を測ってみた。
手首に指を当てる。橈骨動脈。血液が流れる感触。
ドクン…ドクン…ドクン…
数える。15秒で18回。
つまり――1分で72回。
いや――正確には73回。
凛の血が凍りついた。
73。また、この数字。
偶然? それとも――
凛はベッドから起き上がった。喉が渇いている。砂漠のように。
キッチンに行く。裸足の足が冷たいフローリングに触れる。
水を飲む。グラスに水道水を注ぐ。一気に飲み干す。
でも、喉の渇きが癒えない。
もう一杯。また一杯。
3杯飲んで、ようやく落ち着いた。胃が重い。
凛は窓の外を見た。
真っ暗。街灯だけがぼんやりと光っている。オレンジ色の光が、路面を照らしている。
静かな夜。午前3時。世界が眠っている時間。
でも――凛の耳には何か聞こえる気がした。
低い音。
ブーーーーーン……
また、あの音。
凛は耳を塞いだ。両手で耳を覆う。
でも、音は消えない。
頭の中から聞こえている。骨伝導のように。いや、それ以上に直接的に。まるで脳そのものが振動しているかのように。
これは幻聴? それとも本当に聞こえているのか?
凛は部屋に戻った。ベッドに横になる。
でも――もう眠れない。
目を閉じると、また夢を見そうで怖い。あの防音室、あのピアノ、あの声。
凛はスマートフォンを手に取った。時間を潰すため。
SNSを開く。でも、この時間は誰も投稿していない。タイムラインは静止している。
凛はフリマアプリを開いた。
配送状況を確認する。
「配送中」
「現在地:○○配送センター」
変わっていない。
明日――このアパートの近くまで来る。
そして――明後日。日曜日。届く。
あと48時間。




