第36話「夜のルーティン」
午後6時。
凛はコンビニに行った。夕食を買うため。いつものコンビニ、いつもの時間、いつものルーティン。
自動ドアが開く。「ピンポーン」という電子音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
店員の声。マニュアル通りの、感情のない挨拶。
凛は弁当コーナーに向かった。冷蔵ケースの前に立つ。白い蛍光灯が、弁当のパッケージを照らしている。
今日は何にしよう。
唐揚げ弁当? 幕の内弁当? パスタ?
どれも同じに見える。プラスチックの容器に詰められた食品。工場で大量生産された、均質な味。
味が想像できない。どれを選んでも、同じだろう。どうせ味がしないのだから。
凛は適当に一つ取った。鮭弁当。480円。
レジに向かう。足音がリノリウムの床に響く。
「480円です」
スマートフォンで支払う。画面をかざす。「ピッ」という音。
「ありがとうございました」
店を出る。夜の冷たい空気が顔にかかる。11月末の東京。気温は8度。吐く息が白い。
部屋に戻る。ドアを開け、電気をつける。
弁当を開ける。プラスチックの蓋を剥がす。「ペリペリ」という音。
箸を取る。割る。「パキッ」という乾いた音。
食べ始める。
鮭の切り身を口に入れる。噛む。飲み込む。
でも――やはり味がしない。
鮭の塩気も、ご飯の甘みも、何も感じない。
ただ口に入れて、噛んで、飲み込む。機械的に。生命維持のための作業。
15分で食事を終えた。容器をゴミ箱に捨てる。プラスチックが「カサッ」と音を立てる。
そして――ベッドに横になった。
スマートフォンを取り出す。SNSを見る。
Instagram。タイムラインをスクロール。親指が画面を滑る。
「今日の夕飯」――パスタの写真。美味しそう。
「彼氏とデート」――二人の自撮り。幸せそう。
「新しい服買った」――ショッピングバッグを持つ写真。
みんな充実している。楽しそう。
凛は「いいね」を押す。機械的に。何も感じずに。ただ、習慣として。
次に――Xを開く。
タイムラインを見る。ニュース、芸能情報、誰かのつぶやき。
そして――その中に一つ、気になる投稿があった。
「最近、フリマアプリで変なもの流行ってない?『73』って数字がやたら出てくる。何かの暗号?」
凛の心臓がドクンと跳ねた。
他の人も気づいている。73という数字。
凛はその投稿のリプライを見た。
「私も見た!なんか怖いよね」 「都市伝説らしいよ」 「オカルト好きが流行らせてるだけでしょ」 「でも本当に変。みんな同じこと言ってる」
みんな気づき始めている。でも――まだ本当の意味を知らない。
73Hzのことを。 意識の記録のことを。 柳沢正臣のことを。
凛だけが知っている。美波から聞いた。そして自分で調べた。
だから怖い。
でも同時に――特別な気がする。
自分だけが、真実に近づいている。




