第35話「帰宅」
午後4時。凛は部屋に戻った。
鍵を開け、ドアを開ける。金属が擦れる音。ドアが開く時の「ギィ」という軋み。
いつもの部屋。6畳。ワンルーム。
でも――何かが違う。
空気が冷たい。暖房をつけていないから? いや、それだけじゃない。
もっと根本的な何かが違う。
まるで――誰か別の人間が入り込んだような。空気の質感が変わっている。
凛は部屋の電気をつけた。
蛍光灯がチカチカと点滅してから点いた。古い蛍光灯特有の、不安定な点灯。
部屋が明るくなる。だが、その明るさがいつもより薄暗く感じる。
照度は同じはずなのに。
気のせい?
凛は窓を見た。外はもう薄暗くなっている。11月末。日が短い。午後4時でもう夕暮れ。
空は鉛色から、徐々に藍色に変わろうとしている。街灯が点き始めている。
凛はカーテンを閉めた。遮光カーテン。外界を遮断する。
そして、暖房をつけた。ファンヒーターが「ゴーーー」という音を立てて温風を吹き出す。灯油の匂いが微かにする。
部屋が徐々に温まっていく。でも、凛の身体はまだ冷たい。
凛はベッドに座った。スプリングが沈む感触。
スマートフォンを取り出す。フリマアプリを開く。
配送状況を確認する。
「配送中」
「現在地:○○配送センター」
順調に来ている。
明日の夜にはこのアパートの近くまで来る。
そして――明後日、11月30日。日曜日。届く。
凛は深呼吸をした。胸が上下する。冷たい空気が肺に入る。
あと2日。
2日で、すべてが変わるかもしれない。
いや、何も変わらないかもしれない。
ただの古いビデオテープ。何も記録されていないかもしれない。
あるいは、ただのホームビデオかもしれない。
でも――
心の奥底で―― 凛は―― 知っている――
これは―― ただの―― ビデオテープ―― じゃない――
何か―― 特別な―― 何かが―― 記録されて―― いる――
そして―― それを―― 見た瞬間――
自分は―― 変わって―― しまう――
窓の外から、遠くでサイレンが聞こえた。救急車か、パトカーか。
そのサイレンの音に混じって――また、あの低い音が聞こえる気がした。
ブーーーーーン……
73Hz。
それは確実に、近づいてきていた。




