第34話「午後の講義」
午後1時。3限の講義。社会学。
凛は教室にいたが、講義の内容が全く頭に入ってこなかった。
教授の声は聞こえる。スライドも見える。だが、その意味が理解できない。
ノートに適当にメモを取る。ペンが紙の上を滑る。インクが線を描く。
でも、何を書いているのか自分でも分からない。
頭の中はVHSテープのことでいっぱい。
あと2日で届く。そして、見る。
何が記録されているのか。 父の声はあるのか。 そして本当に、意識が転写されるのか。
怖い。でも、知りたい。
その矛盾した感情が、凛の心を揺さぶっていた。
授業が終わった。午後2時30分。今日の授業はこれで終わり。
凛はそのまま帰ることにした。
大学を出る。銀杏並木を通る。黄色い葉が風に舞う。
駅に向かう。改札を通る。ホームで電車を待つ。
帰路。いつもと同じ。
でも――今日は何かが違う。
空気が重い。周りの人たちが遠く感じる。
まるで自分だけが、別の世界にいるような。
凛はイヤホンをつけた。音楽を聴く。
でも――今日は音楽の中に、何か別の音が混ざっている気がした。
低い音。
ブーーーーーン……
また、あの音。
凛は音量を上げた。でも、その音は消えない。
むしろ、大きくなっている気がする。
凛はイヤホンを外した。
でも――音はまだ聞こえる。
耳の中から。頭の中から。骨伝導のように、頭蓋骨を震わせて。
これは―― 幻聴? それとも―― 本当に―― 聞こえて―― いる?
73Hz。
記録された周波数が、時空を超えて伝播している。




