第33話「警告」
「佐々木さん」
美波が真剣な目で言った。その声には切迫感がある。
「そのテープ、見ない方がいい」
「え?」
「もし本当に柳沢正臣の実験記録なら、危険かもしれない」
「でも、もう買っちゃったし」
「キャンセルできる?」
「できない。もう発送されてる」
美波が困った顔をした。額に手を当て、考え込む仕草。
「じゃあ――届いても見ないで。そのまま捨てて」
「でも――」
凛は言った。
「もし本当に意識の記録なら、見てみたい。どんなものか知りたい」
美波が凛の手を握った。その手は温かい。生きている人間の温もり。
「だめ。絶対だめ」
美波の声が震えている。
「もし本当に転写されたら、あなたはあなたじゃなくなる。他人の意識があなたの中に入ってくる。そんなの、怖すぎるよ」
凛は美波の目を見つめた。
本気で心配してくれている。この人は優しい。
でも――凛の中で、別の声が囁いている。
見たい―― 知りたい―― 何が―― 記録されて―― いるのか――
そして―― もしかしたら―― 父の―― 声が―― 聞けるかも―― しれない――
そう。凛は気づいた。自分がこのテープを買った本当の理由。
1999年12月3日。父が記録された日。
もしかしたら――父の声が、このテープの中に残っているかもしれない。
10歳の時に失踪した父。ほとんど記憶にない父。でも、確かに存在した父。
その声を、もう一度聞きたい。
「ありがとう、美波さん」
凛は言った。
「でも、私見ると思う」
美波の顔が悲しそうに歪んだ。目尻が下がり、唇が震える。
「そっか」
「でも約束して」
「何?」
「もし何か変なことがあったら、すぐに私に連絡して。一人で抱え込まないで」
美波がスマートフォンを取り出し、LINE交換を申し出た。
凛は頷いた。
「分かった。約束する」
QRコードを読み取る。「友だち追加」のボタンを押す。
美波が少し安心したように微笑んだ。
「じゃあ、私午後の授業あるから。また、ね」
「うん」
美波が立ち去った。トレイを持って、返却口へ向かう背中。
凛は一人残された。
学食はまだ賑やかだった。だが、凛の周りだけ――静寂が漂っている気がした。
まるで、見えない壁に囲まれているかのように。




