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ムネモシュネの箱 ― 73Hzの永遠 ―  作者: 大西さん
第一章「フリマアプリの誘惑」
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第33話「警告」

「佐々木さん」


美波が真剣な目で言った。その声には切迫感がある。


「そのテープ、見ない方がいい」


「え?」


「もし本当に柳沢正臣の実験記録なら、危険かもしれない」


「でも、もう買っちゃったし」


「キャンセルできる?」


「できない。もう発送されてる」


美波が困った顔をした。額に手を当て、考え込む仕草。


「じゃあ――届いても見ないで。そのまま捨てて」


「でも――」


凛は言った。


「もし本当に意識の記録なら、見てみたい。どんなものか知りたい」


美波が凛の手を握った。その手は温かい。生きている人間の温もり。


「だめ。絶対だめ」


美波の声が震えている。


「もし本当に転写されたら、あなたはあなたじゃなくなる。他人の意識があなたの中に入ってくる。そんなの、怖すぎるよ」


凛は美波の目を見つめた。


本気で心配してくれている。この人は優しい。


でも――凛の中で、別の声が囁いている。


見たい―― 知りたい―― 何が―― 記録されて―― いるのか――


そして―― もしかしたら―― 父の―― 声が―― 聞けるかも―― しれない――


そう。凛は気づいた。自分がこのテープを買った本当の理由。


1999年12月3日。父が記録された日。


もしかしたら――父の声が、このテープの中に残っているかもしれない。


10歳の時に失踪した父。ほとんど記憶にない父。でも、確かに存在した父。


その声を、もう一度聞きたい。


「ありがとう、美波さん」


凛は言った。


「でも、私見ると思う」


美波の顔が悲しそうに歪んだ。目尻が下がり、唇が震える。


「そっか」


「でも約束して」


「何?」


「もし何か変なことがあったら、すぐに私に連絡して。一人で抱え込まないで」


美波がスマートフォンを取り出し、LINE交換を申し出た。


凛は頷いた。


「分かった。約束する」


QRコードを読み取る。「友だち追加」のボタンを押す。


美波が少し安心したように微笑んだ。


「じゃあ、私午後の授業あるから。また、ね」


「うん」


美波が立ち去った。トレイを持って、返却口へ向かう背中。


凛は一人残された。


学食はまだ賑やかだった。だが、凛の周りだけ――静寂が漂っている気がした。


まるで、見えない壁に囲まれているかのように。

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