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ムネモシュネの箱 ― 73Hzの永遠 ―  作者: 大西さん
第一章「フリマアプリの誘惑」
30/47

第29話「図書館の静寂」

図書館はいつも静かだった。


エントランスを抜けると、空気が変わる。外の喧騒が嘘のように消え、静寂だけが支配する空間。


靴音だけが床に響く。コツ、コツ、コツ。リノリウムの床に、革靴の硬い音が反響する。


凛は奥の席に向かった。誰もいない一角。窓際の席。


そこに座った。椅子が「ギシッ」と小さく軋む。


鞾を下ろす。スマートフォンを取り出す。


そして――何気なく、フリマアプリを開いた。


購入履歴を確認する。


「記録されたビデオテープ」

ステータス:発送済み 追跡番号:○○○-○○○○-○○○○


配送状況を確認する。


「商品を発送しました」

「配送業者:ヤマト運輸」

「お届け予定日:11月30日」


順調に来ている。あと2日。


凛は出品者のページを見てみた。


marie_1985。


プロフィール写真:なし

自己紹介文:「古い記録メディアを扱っています」

評価:★★★★★ (73件)

登録日:2024年11月1日


73件。また、この数字。


出品中の商品を見る。


すると――驚いた。


昨日は数点だけだったのに、今は20点以上出品されている。


すべてレトロメディア。


「真理子の声 - カセットテープ」 価格:500円

「Camera 15 - VHSテープ」 価格:500円

「脳波データ - フロッピーディスク」 価格:500円

「8mmフィルム - 1999.12.3」 価格:500円


すべて同じ価格。500円。


そして――すべて1999年12月3日の日付。


なぜ? この日に何があったんだろう。


凛は気になって、スマートフォンで検索してみた。


「1999年12月3日 事件」


検索結果が表示される。でも、特に大きな事件はない。


次に――なぜか頭に浮かんだ名前を入力した。


「1999年12月3日 柳沢」


marie_1985。marie――真理子? 柳沢――


検索結果が表示された。


「音響工学者・柳沢正臣氏の失踪から25年」


凛はその記事を開いた。指が震える。なぜだろう。


「2000年1月15日、音響工学者の柳沢正臣氏(当時48歳)が失踪した。最後の目撃は1999年12月末。正臣氏は『意識の音響記録』という独自の理論を提唱していたが、学会からは疑似科学として批判されていた。妻・真理子氏は1998年に他界、娘・美咲氏(当時14歳)は1999年12月に白血病で死去。その後、正臣氏は行方不明となった。2010年、死亡が確認された」


凛は息を呑んだ。


1999年12月。娘が死んだ。そして父が失踪した。


このVHSテープは――その時の記録?


凛はさらに記事を読み進めた。指が震えている。画面がぼやける。


「正臣氏の研究は、人間の意識を音波として記録し、他者に転写できるという理論だった。実験には、VHS、カセットテープ、MD、フロッピーディスクなど、様々なメディアが使われたとされる。しかし、研究の詳細は不明で、実験データも失われている。一部の研究者は『人体実験が行われていた』と主張したが、証拠不十分で立件には至らなかった」


人体実験。 意識の記録。 転写。


凛の背筋が冷たくなった。図書館の暖房は効いているはずなのに、まるで氷水を背中に流されたかのような悪寒。


このテープには――何が記録されているんだろう。

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