第26話「大学の門」
電車を降りた。
駅から大学まで、徒歩10分。時刻は午前8時45分。1限開始まであと15分。間に合う。
凛はゆっくりと歩いた。急ぐ理由がない。
大学の門が見えてくる。レンガ造りの古い門。創立100年以上の歴史ある大学。赤褐色のレンガは、長年の風雨に晒されて表面が粗くなり、所々に黒い染みができている。
門をくぐる。足元のアスファルトが、キャンパス内の石畳に変わる。
銀杏並木が続いている。
黄色い葉が散っている。地面を埋め尽くすように。踏むたびに「カサカサ」という乾いた音がする。秋の終わり。もうすぐ冬。
銀杏特有の匂いが漂っている。甘く、そして少し不快な発酵臭。誰かが「臭い」と文句を言う声が聞こえる。
学生たちがキャンパスを歩いている。友達同士で、グループで。楽しそうに話し、笑っている。
凛は一人。いつも一人。
誰かと一緒に歩くことはない。それが凛の日常だった。
教室に向かう。3号館、2階。古い建物だ。エレベーターはなく、階段を上るしかない。
階段の手すりは冷たい。金属製で、この季節は特に冷える。手のひらが一瞬で冷たくなる。
廊下を歩く。蛍光灯が「ジー」という低い音を立てている。古い安定器の音だ。
教室305号室の扉を開ける。ドアノブの金属が、やはり冷たい。
すでに何人かの学生が座っている。前の方の席に、グループで固まっている。彼らの笑い声が、教室に響く。
凛は後ろの方の席に座った。窓際。一人で座れる席。誰にも邪魔されない席。
鞄を下ろす。「ドサッ」という鈍い音。中には教科書、ノート、筆箱。そして、充電が切れかけたモバイルバッテリー。
ノートを取り出す。筆箱を取り出す。
そして――待つ。授業が始まるのを。
窓の外を見る。キャンパスの銀杏並木。風が吹くと、黄色い葉がハラハラと舞い落ちる。その光景は美しい。だが、凛の心には何も響かない。




