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ムネモシュネの箱 ― 73Hzの永遠 ―  作者: 大西さん
第一章「フリマアプリの誘惑」
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第26話「大学の門」

電車を降りた。


駅から大学まで、徒歩10分。時刻は午前8時45分。1限開始まであと15分。間に合う。


凛はゆっくりと歩いた。急ぐ理由がない。


大学の門が見えてくる。レンガ造りの古い門。創立100年以上の歴史ある大学。赤褐色のレンガは、長年の風雨に晒されて表面が粗くなり、所々に黒い染みができている。


門をくぐる。足元のアスファルトが、キャンパス内の石畳に変わる。


銀杏並木が続いている。


黄色い葉が散っている。地面を埋め尽くすように。踏むたびに「カサカサ」という乾いた音がする。秋の終わり。もうすぐ冬。


銀杏特有の匂いが漂っている。甘く、そして少し不快な発酵臭。誰かが「臭い」と文句を言う声が聞こえる。


学生たちがキャンパスを歩いている。友達同士で、グループで。楽しそうに話し、笑っている。


凛は一人。いつも一人。


誰かと一緒に歩くことはない。それが凛の日常だった。


教室に向かう。3号館、2階。古い建物だ。エレベーターはなく、階段を上るしかない。


階段の手すりは冷たい。金属製で、この季節は特に冷える。手のひらが一瞬で冷たくなる。


廊下を歩く。蛍光灯が「ジー」という低い音を立てている。古い安定器の音だ。


教室305号室の扉を開ける。ドアノブの金属が、やはり冷たい。


すでに何人かの学生が座っている。前の方の席に、グループで固まっている。彼らの笑い声が、教室に響く。


凛は後ろの方の席に座った。窓際。一人で座れる席。誰にも邪魔されない席。


鞄を下ろす。「ドサッ」という鈍い音。中には教科書、ノート、筆箱。そして、充電が切れかけたモバイルバッテリー。


ノートを取り出す。筆箱を取り出す。


そして――待つ。授業が始まるのを。


窓の外を見る。キャンパスの銀杏並木。風が吹くと、黄色い葉がハラハラと舞い落ちる。その光景は美しい。だが、凛の心には何も響かない。

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