第21話「孤独な朝」
2025年11月28日 金曜日 午前7時
目覚まし時計のデジタル音が、静寂を切り裂いた。
ピピピピピ――
凛は重い瞼を開けた。視界がぼやけている。コンタクトレンズをつけていない裸眼では、天井のシミすら判別できない。ただ、白くぼんやりとした四角い空間が広がっているだけだ。
いつもの天井。何の変哲もない、賃貸アパートの安っぽい天井。
だが――今朝は何かが違った。
空気が重い。まるで水の中にいるかのような、圧迫感。エアコンのタイマーで暖房は夜通しついていたはずだ。室温は20度に設定してある。なのに、肌が粟立つような寒さを感じる。
凛はベッドから起き上がった。掛け布団が床に落ちる。昨夜、どうやって寝たのか記憶が曖昧だ。スマートフォンを握りしめたまま眠ってしまったらしい。充電ケーブルが、ベッドの端で絡まっている。
窓に近づき、カーテンを開ける。
11月末の東京。空は鉛色に重く垂れ込めている。今にも雨が降り出しそうな、圧迫感のある雲。街路樹の葉はほとんど落ち、アスファルトの上に茶色い絨毯を敷いたように散らばっている。
風が吹いている。窓ガラスがかすかに震えた。その振動が、凛の指先に伝わってくる。
時計を見る――午前7時03分。
1限の授業は9時から。教育心理学。出席を取る授業。休めば単位に響く。
でも――
行きたくない。 誰とも会いたくない。 話したくない。 ただ一人でいたい。
この感情は、最近ますます強くなっている。人と接することが、まるで皮膚を剥がされるような苦痛に感じられる。
凛はスマートフォンを手に取った。画面を点灯させる。眩しい光が、暗い部屋の中で浮かび上がる。
通知、0件。
LINEも、メールも、何もない。誰からも連絡がない。
いつものこと。でも――今朝は、その静寂がいつもより重く感じた。
SNSを開く。Instagram。タイムラインをスクロールすると、友達の投稿が次々と流れてくる。
「今日も頑張ろう!」――大学の同級生。笑顔で朝食の写真。
「朝カフェなう」――高校時代の友人。おしゃれなカフェの内装。
「彼氏とデート」――サークルの後輩。ディズニーランドらしき場所で二人の自撮り。
みんな幸せそう。充実している。キラキラしている。
凛は――そうじゃない。
彼氏もいない。親友もいない。美月が死んでから、誰とも深く関われなくなった。
表面的な会話。当たり障りのない笑顔。「また今度ね」という、二度と実現しない約束。それだけ。
凛は自分のプロフィールページを開いた。最後の投稿は3ヶ月前。美月との思い出の写真。高校の文化祭で撮った自撮り。二人とも笑っている。
「いいね」は15個。コメントは3件。
「懐かしい!」
「美月ちゃん、天国で元気にしてるかな」
「ハート」
凛は画面を閉じた。見たくない。過去は戻らない。




