第13話「葬儀」
1999年12月7日 火曜日 午前10時
冬の朝の光は、まるで刃物のように鋭かった。
小さな葬儀場の窓から差し込む光が、白い菊の花を照らし、その影を床に落とす。影は、花よりも黒く、濃く、まるで花が死んでいるかのように見えた。
参列者はわずか15人。
親族が7人、近所の人が5人、そして美咲の元同級生が3人。彼女の短い人生を知る者は、これだけしかいなかった。
正臣は喪主として、祭壇の前に立っていた。
黒いスーツ。黒いネクタイ。白いシャツ。すべてが新品だった。彼は普段、スーツなど着ない。研究室では常に白衣。だが今日は、社会的な儀式に従わなければならない。
「このたびは――娘が、病に倒れ――皆様に、ご心配を――」
正臣の声は平坦だった。感情が完全に抜け落ちている。まるで、誰かが書いた原稿を、機械的に読み上げているかのように。
実際、彼は昨夜、葬儀屋が用意した挨拶文を、一言一句そのまま暗記していた。自分の言葉では、何も言えなかったから。
棺の中には、美咲の亡骸が横たわっている。
白いワンピース。葬儀屋が施した化粧。頬には、生前にはなかった血色が加えられている。唇には、淡いピンク色の口紅。まるで眠っているかのように、穏やかな表情。
だが――それは美咲ではない。
ただの抜け殻。
本当の美咲は、五つのメディアの中に。そして、地下の『ムネモシュネ』の中に。
参列者の一人――美咲の同級生だった少女が、棺に白い百合の花を入れた。彼女の名前は、確か田村さくらと言った。美咲とは小学校からの友人だったはずだ。
「美咲ちゃん…」
さくらが涙声で呟いた。その声は震えている。
「もっと、一緒に遊びたかった…修学旅行、楽しみにしてたのに…」
その言葉を聞いて、正臣の胸が締め付けられた。
美咲は――普通の人生を送りたかった。
友達と笑い、恋をして、大人になりたかった。高校に進学し、大学に行き、誰かと結婚し、子供を産み、そして老いて死ぬ。それが彼女の望みだったはずだ。
でも――白血病が、それを奪った。
そして――正臣が、最後の選択肢すら奪った。
「安らかに死ぬ」という選択を許さず、「永遠になる」という呪いをかけた。
葬儀が終わった。
棺が霊柩車に運ばれる。4人の男性スタッフが、慎重に棺を持ち上げる。32キログラムの少女の遺体と、木製の棺。合わせて60キログラム程度だろう。男性一人当たり15キログラム。軽い。あまりにも軽い荷物だった。
霊柩車のエンジンがかかる。ディーゼルエンジンの低い音が、冬の空気を震わせる。
火葬場へ。
美咲の身体は、1200度の炎で焼かれ、灰になる。骨だけが残り、それも粉々に砕かれ、小さな骨壺に収められる。
だが――彼女の意識は消えない。
記録として、永遠に残り続ける。




