第131話「平穏な年末」
12月27日 金曜日 午後3時。
凛と美波は沖縄から東京に戻った。
羽田空港。人々で溢れている。年末の帰省ラッシュ。普通の光景。平和な日常。
「楽しかったね」美波が言った。
「うん」凛が微笑んだ。「本当に楽しかった」
「また行きたいね」
「うん、また行こう」
二人は電車に乗った。京急線で品川へ、そこから山手線。窓の外を見る。田園風景、住宅地、ビル群。徐々に東京に近づいていく。
凛はスマートフォンを取り出した。ニュースをチェックする。
「年末年始の天気予報:29日から31日にかけて寒波襲来。都心でも積雪の可能性」
「経済ニュース:日経平均、年末にかけて上昇。投資家心理は改善傾向」
普通のニュース。記録メディア現象についての記事はもうない。完全に過去の出来事。忘れ去られた事件。
「良かった……」凛が呟いた。「もう誰も記録のことを覚えていない……」
美波もそれを感じていた。「そうだね。みんな日常に戻った。私たちも戻ろう。普通の日常に」
午後5時。渋谷駅に到着した。凛と美波はそれぞれの家に帰った。
凛の部屋。ドアを開ける。「ただいま……」
誰もいない部屋。でも懐かしい匂い。自分の部屋の匂い。
凛は荷物を置いた。そしてベッドに倒れ込んだ。疲れた。でも心地よい疲れ。旅行の疲れ。幸せな疲れ。
凛は目を閉じた。そしてすぐに眠りに落ちた。深い眠り。夢も見なかった。
12月28日 土曜日 午前9時。
凛は目が覚めた。よく眠れた。身体が軽い。久しぶりに本当にリラックスできた。
心拍数を測ってみる。
ドクン…ドクン…ドクン…
15秒で17回。1分で68回。
「68……」凛が微笑んだ。「完全に正常……」
朝食を作る。トースト、卵、コーヒー。いつもの朝食。でも今日は特別に美味しい。味覚が完全に戻っているから。そして何より心が軽いから。
食事の後、凛は部屋の掃除を始めた。沖縄に行っている間に少し埃が溜まっている。掃除機をかける。窓を拭く。床を磨く。
普通の家事。でもそれがとても心地いい。日常。平和な日常。それがどれだけ貴重か。今なら本当に分かる。
午後1時。美波から電話。
「凛、今何してる?」
「掃除」
「じゃあ終わったら買い物行かない? 年末年始の食材」
「いいよ」
午後3時。凛と美波はスーパーマーケットにいた。年末の買い物客でごった返している。カートを押しながら食材を選ぶ。野菜、肉、魚、調味料。
普通の買い物。でもそれが楽しい。
「これ美味しそう」美波が言った。「お正月に作ろう」
「いいね」凛が頷いた。
二人はたくさんの食材を買った。そしてレジに並ぶ。長い列。でもイライラしない。ただこの時間が穏やかに流れていく。それが幸せ。
午後5時。凛の部屋に戻った。二人で料理を作る。鍋。野菜、肉、豆腐。シンプルな料理。でも二人で作ると美味しい。
「美味しい」凛が言った。
「うん」美波も微笑んだ。「幸せだね」
「うん……本当に幸せ……」
食事の後、二人はテレビを見た。バラエティ番組。笑った。普通の夜。普通の時間。でもそれがかけがえのない宝物。
午後11時。美波が帰った。
「また明日」
「うん、また明日」
凛は一人部屋でくつろいだ。お風呂に入る。温かいお湯。疲れが取れていく。
そしてベッドに入る。柔らかい布団。心地いい。
凛はすぐに眠りに落ちた。平和な眠り。
でもその夜、凛は久しぶりに夢を見た。




