第130話「新しい朝?」
12月20日 金曜日 午前8時。
凛は母の家のベッドで目が覚めた。
窓から朝日が差し込んでいる。眩しい。でも心地いい。
体を起こす。頭痛はない。吐き気もない。体が軽い。
心拍数を測る。68回/分。完璧に正常。
美波がソファで眠っていた。ずっと側にいてくれたんだ。
「美波」凛が優しく呼びかけた。
美波が目を覚ました。「凛! 起きた!」
「おはよう」
「おはよう!」美波が満面の笑みで言った。「気分は?」
「最高」凛が答えた。「もう何も聞こえない。記録の声も、73Hzも、何も」
二人は抱き合った。長い長い戦いが終わった。
香織が部屋に入ってきた。「凛、起きたのね」
「おはよう、お母さん」
「おはよう」香織が微笑んだ。「朝食作るわね」
三人でキッチンへ。卵を焼く。パンを焼く。コーヒーを淹れる。
いつもの朝食。でも今日は特別。
「乾杯」香織がコーヒーカップを上げた。
「新しい世界に」
「記録のない世界に」
三人はカップを合わせた。
そしてニュースを見た。
「速報:謎の集団現象、完全収束
19日夜を最後に謎の集団現象は完全に収束。専門家は『一時的な集団心理現象だった』との見解。記憶喪失の症状も徐々に回復傾向。政府は調査を終了する方針」
凛と美波と香織は顔を見合わせて微笑んだ。
真相は永遠に明かされない。73Hz、ムネモシュネ、分散型記録システム。すべては闇の中に消える。
それでいい。
「これから」凛が言った。「どうしようか」
「大学に戻る?」美波が聞いた。
「うん。研究を続ける。記憶と意識について。そしてお父さんの研究も検証する」
「私も」美波が言った。「一緒に研究しよう」
香織が二人を見た。「いい友達に恵まれたわね、凛」
「うん」凛が微笑んだ。「本当に」
午後、凛と美波は凛の部屋に戻った。
部屋の中には、箱に入った5つのメディアがあった。VHS、カセット、MD、フロッピー、8mmフィルム。
「これ、どうする?」美波が聞いた。
凛はしばらく考えて答えた。「大学に寄贈する。資料として。そして論文を書く。『柳沢正臣の記録技術とその危険性について』」
「いい考え」美波が頷いた。
二人は窓の外を見た。青い空。白い雲。平和な冬の日。
「終わったね」美波が言った。
「うん」凛が答えた。「長い戦いだった」
「でも勝った」
「うん。勝った」
二人は微笑み合った。
そして新しい人生が始まる。
記録のない人生。
73Hzのない人生。
ただ自分として生きる人生。




