第126話「最初の同期を防ぐ日」
12月13日 木曜日 午後7時。
凛は母の家にいた。田中教授も来ていた。60代の男性。穏やかな表情。でも目は真剣。
「凛さん」田中教授が言った。「もう一度確認します。今夜午後8時に鎮静剤を投与します。あなたは深い眠りに入ります。そして午後10時に覚醒誘導剤を投与します。目が覚めます」
凛は頷いた。「分かりました」
「副作用として」田中教授が続けた。「吐き気、頭痛、めまいがあるかもしれません。でも一時的です」
「大丈夫です」
美波と香織が凛の側にいた。三人とも緊張している。
午後7時30分。凛は心拍数を測った。
ドクン…ドクン…ドクン…
15秒で18回。1分で72回。
「まだ72……」凛が呟いた。「でも徐々に上がってる……午後9時15分には73になるかもしれない……」
田中教授が準備を始めた。鎮静剤。点滴。モニター。
午後8時。
「では始めます」田中教授が言った。
凛はベッドに横になった。点滴が腕に刺される。冷たい感覚。
「鎮静剤を投与します。ゆっくり数を数えてください。100から」
「100……99……98……」
凛の意識が遠のいていく。
「97……96……95……」
視界がぼやけていく。
「94……93……92……」
暗闇が迫ってくる。
「91……90……」
そして意識が消えた。
午後8時15分。凛は完全に眠っている。深い眠り。
田中教授がモニターを確認する。「心拍数60。呼吸正常。脳波も安定」
美波が心配そうに見ている。「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。正常な鎮静状態です」
午後9時。
窓の外を見ると、街が騒がしくなっている。サイレンの音。
香織がスマートフォンを見た。「ニュース……」
画面には速報が流れている。
「速報:全国で再び謎の集団が出現
午後9時現在、渋谷、新宿、池袋など都内各所で白い服を着た集団が出現。10日の現象と類似。警察が警戒を強めている」
美波も窓の外を見た。「始まった……同期が……」
午後9時15分。
同期の時刻。
街は完全に混乱していた。数千人が集まっている。でも10日の時ほど多くない。
なぜなら――核がいないから。
凛が眠っているから。信号を発していないから。
「成功してる……」美波が呟いた。「集まる人数が少ない……」
香織もそれに気づいた。「凛が核だから……凛が眠っている限り、完全な同期はできない……」
午後10時。
田中教授が覚醒誘導剤を準備した。
「では覚醒させます」
点滴に薬剤を注入する。
数分後。
凛の瞼が動いた。ゆっくりと目が開く。
「う……」凛が呻いた。
「凛!」美波が叫んだ。
凛の目が焦点を合わせ始める。天井が見える。母が見える。美波が見える。
「お帰り」香織が微笑んだ。
凛は起き上がろうとしたが頭が痛い。「うっ……」
「大丈夫。副作用です。すぐ治ります」田中教授が言った。
凛は自分の胸に手を当てた。心拍数を測る。
ドクン…ドクン…ドクン…
15秒で17回。1分で68回。
「68……」凛が微笑んだ。「正常……成功した……」
美波がスマートフォンを見せた。「ニュース見て」
「続報:謎の集団、再び散開
午後9時に出現した集団が午後9時30分頃から次々と散開。混乱は収束に向かっている。専門家は『10日の現象より規模が小さい』と指摘」
凛と美波と香織は顔を見合わせた。
「成功した……」凛が呟いた。「第一回同期を防いだ……」
「あと2回」美波が言った。「12月16日と19日」
凛は頷いた。「乗り越える。必ず」
でも体は重かった。頭も痛い。吐き気もある。
これをあと2回繰り返す。
長い戦いはまだ続く。




