第123話「分散型システムの恐怖」
午前9時。大学の図書館。
凛と美波は資料室に籠もった。柳沢正臣の論文、研究ノート。すべてをもう一度読み返す。
「ここ」美波が一つの論文を指差した。
『分散型記録システムの可能性』1998年発表。
凛はそれを読み始めた。
「従来の記録システムは中央集権型である。すべてのデータが一箇所に保存される。しかしこれには欠点がある。中央が破壊されればすべてが失われる。
そこで私は分散型システムを提案する。データを複数の場所に分散して保存する。一箇所が破壊されても他から復元できる。
具体的には、人間の脳そのものを記録装置として利用する。記録された者の脳にデータのコピーを保存する。そしてそれらをネットワークで繋ぐ。
こうすれば一つの記録装置(例:ムネモシュネ)が破壊されても、記録された人々の脳からデータを復元できる。
これこそが真の永遠である」
凛の手が震えた。「これ……分散型……」
美波も論文を読んだ。そして顔が真っ青になった。
「つまりムネモシュネはマスターじゃなかった……バックアップの一つに過ぎなかった……本当のデータは記録された人々の脳に……」
凛は立ち上がった。「じゃあ私がムネモシュネを破壊しても意味がなかった……?」
「いや」美波が首を振った。「意味はあった。一時的に記録を止めた。でも完全には消えてない。記録された人々の脳にまだ残ってる……」
凛はゾッとした。10万人以上。世界中で10万人以上が記録された。その全員の脳に記録のコピーがある。
そしてそれらはネットワークで繋がっている。73Hzで。
「じゃあ」凛が聞いた。「どうすれば記録を完全に消せる?」
美波はしばらく考えて答えた。「分からない……10万人全員の記録を消すなんて……物理的に不可能……」
凛は絶望しかけた。でもすぐに思い直した。「待って。論文にもっと何か書いてあるかも」
二人は論文を読み続けた。そして見つけた。重要な一文。
「注意:分散型システムには一つの弱点がある。それは同期である。すべてのノード(記録された個人)は定期的に同期する必要がある。同期しなければデータは徐々に劣化しやがて消失する。
同期の周期:73時間ごと。
同期の方法:73Hzの共鳴。
もし73時間以上同期が行われなければ、記録は自然消滅する」
凛と美波は顔を見合わせた。
「73時間……」凛が呟いた。「ムネモシュネを破壊したのは12月10日の午後8時15分……今は12月12日の午前9時……」
美波が計算した。「37時間経過……あと36時間……73時間後、12月13日午後9時15分に同期が必要……もし同期が起こらなければ記録は消える……」
凛は希望を見出した。「じゃあ同期を防げば記録を完全に消せる!」
でも美波の顔は曇っていた。「でもどうやって? 10万人以上が同時に同期しようとする……それを防ぐなんて……」
凛はそれでも諦めなかった。「方法はある。必ずある。探そう」
二人はさらに調査を続けた。




