第120話「世界の変化」
「速報:渋谷で謎の集団が一斉に倒れる
午後8時15分頃、渋谷スクランブル交差点で『73』と唱えていた集団が突然一斉に倒れた。警察と救急隊が現場に急行。現在意識を確認中。同様の現象が大阪、名古屋、福岡など全国の主要都市でも報告されている」
凛は次々とニュースを見た。
「続報:倒れた人々が目を覚まし始める
倒れていた人々が次々と意識を回復。ただし全員が記憶喪失の症状を訴えている。自分の名前は分かるがここ数日の記憶がないとのこと」
「海外でも同様の現象
ロンドン、ニューヨーク、北京など世界中の主要都市で同様の現象。白い服を着た集団が一斉に倒れその後意識を回復。WHOが緊急会議を招集」
「専門家『集団ヒステリーか』
心理学者は『集団ヒステリーの可能性』と指摘。ただし世界同時に発生したことに疑問の声も」
凛と美波と香織は顔を見合わせた。
「成功した……」凛が呟いた。「本当に成功した……世界中で記録された人たちが解放された……」
美波が凛の手を握った。「やったね凛。あなたが世界を救ったんだよ」
でも凛は複雑な気持ちだった。
確かに記録から解放された。でも記憶も失われた。ここ数日の、いや、ここ数週間の記憶が。
記録されていた時間の記憶が、すべて消えた。
それは幸せなことなのか。悲しいことなのか。
「帰りましょう」香織が言った。「もう遅いわ」
三人はタクシーを拾って帰路についた。車窓から見える渋谷の街。ネオンが輝いている。でもあの異様な白い服の人々はもういない。
みんな病院に運ばれたか、家に帰ったか。
ただ普通の夜。平和な夜。
凛は窓に映る自分の顔を見た。疲れている。目の下にクマ。でも目には光がある。
生きている光。
「ねえ、凛」美波が言った。「今夜泊まってもいい? 一人じゃ心配で」
「うん」凛が微笑んだ。「泊まって。一緒にいて」
午後11時。凛の部屋に戻った。
部屋の中央には、まだ5つのメディアが並んでいた。VHS、カセット、MD、フロッピー、8mmフィルム。
でももう何の力もない。ただの古いメディア。
「これ、どうする?」美波が聞いた。
「捨てる」凛が答えた。「もう必要ない」
でも今夜は疲れすぎていた。明日にしよう。
二人はソファに座り込んだ。テレビをつける。ニュースが流れている。
「渋谷の混乱は収束。記憶喪失の原因は不明。政府が調査委員会を設置」
凛と美波は顔を見合わせて笑った。
真相は永遠に明かされないだろう。73Hz、ムネモシュネ、記録。すべては闇の中に消える。
それでいい。
「おやすみ、凛」美波が言った。
「おやすみ、美波」
二人は眠りについた。深い、深い眠り。
戦いが終わった安堵の眠り。




