第118話「地下室とムネモシュネ」
三人は階段を降り始めた。
地下1階。まだ続く。
電磁石が重い。香織と美波がそれぞれ25キロを背負っている。分解されているとはいえ、金属の塊は容赦なく肩に食い込む。
「大丈夫?」凛が心配そうに聞いた。
「大丈夫」美波が答えた。「これですべてが終わる。だから頑張れる」
地下2階。
空気が冷たくなってきた。湿度も高い。壁にはカビが生えている。誰も手入れしていない。25年間。
この地下室は正臣の秘密の場所。ムネモシュネを守るための聖域。でも今は誰もいない。守護者たちは渋谷に集まっている。
地下3階。最深部。
階段が終わった。目の前には重厚な扉。鉄製の扉。厚さ10センチ以上。
「これ……」美波が呟いた。「前も見たけど、改めて見るとすごい扉……」
香織が扉に近づいた。「正臣は記録を守るためにこの扉を作った。でも今は誰もいない。開けましょう」
凛は電磁石の一部を手に取った。重い金属の塊。それを扉の鍵穴に叩きつけた。
ガンッ!
一度、二度、三度。
音が地下に響く。でも誰も来ない。本当に柳沢邸は空っぽ。記録された人々はみんな渋谷にいる。
今がチャンス。最後のチャンス。
四度、五度、六度。
鍵が壊れた。ガチャッ。
扉が開いた。
三人は顔を見合わせた。これから運命が変わる。すべての人々の運命が。
「行こう」凛が言った。
三人は中に入った。
部屋の中は暗かった。ヘッドライトだけが闇を照らす。
そして見えた。
黒い箱。高さ2メートル。幅1メートル。金属製。表面には無数のケーブル。
そして磁気ドラムが回転している音。
ウィーーーーーン……
低い唸り声。73Hzの源。
これがムネモシュネ。PROJECT MNEMOSYNE。記憶の女神。いや、記憶の牢獄。
真理子、美咲、隆。そして数千、数万の人々の意識が記録されている。
凛はムネモシュネに近づいた。手を伸ばす。表面に触れる。
冷たい。金属の冷たさ。
でも微かに振動している。内部の磁気ドラムが回転している振動。
そして凛の頭の中に声が聞こえてきた。
「凛……」
父の声。
「やっと来たね……」
「お父さん……」凛が呟いた。「そこにいるの……?」
「ああ」隆の声。「ここにいる。美咲も、真理子も、みんなここにいる」
「でももうすぐ終わる。お前が解放してくれる」
凛の目から涙が溢れた。
「お父さん、ごめんね……壊すね……」
「いいんだ」隆が優しく言った。「これが正しいことだ。記録は間違っていた。永遠になることなんて望んじゃいけなかった。だから終わらせてくれ」
「うん……」凛が頷いた。「終わらせる。そしてみんなを解放する」
香織と美波が凛の隣に来た。
「始めましょう」香織が言った。
三人は電磁石を組み立て始めた。コイルと電源。2つを接続する。ケーブルを繋ぐ。慎重に。一つでも間違えたら動かない。
美波が配線を確認する。「プラスとマイナス、間違えないように……電源容量、足りてる……コイルの向き、OK……」
彼女の手が震えている。緊張している。でも正確に作業を進める。さすが情報工学専攻。機械に強い。
15分後。
「完成」美波が言った。「これでムネモシュネを消磁できる」
三人は電磁石をムネモシュネの前に設置した。巨大なコイルがムネモシュネを取り囲む。
「準備完了」香織が言った。「起動すれば、強力な磁場が発生する。すべての磁気記録が消える」
凛は電源スイッチに手を置いた。
「これを押せば……」
「すべてが終わる」美波が言った。
凛は深呼吸した。そして父の声を思い出す。「いいんだ。これが正しいことだ」
「行くよ」凛が言った。
三人は頷き合った。




