第115話「正臣のメッセージと再侵食」
突然――映像が切り替わった。
砂嵐から一人の男性の顔。老人。70代くらい。白髪。深い皺。でも目は鋭い。狂気を宿した目。
「これは……」凛が息を呑んだ。「柳沢正臣……」
画面の中の正臣が話し始めた。
「皆さん、こんばんは。私は柳沢正臣。記録の創造者。そして今夜、人類史上最大の実験が開始されました」
「PROJECT MNEMOSYNE。記憶の女神の計画。それは人類を一つにする計画」
凛と美波は画面に釘付けになった。
正臣は続けた。
「人類は長い間、孤独に苦しんできました。個であることの苦しみ。分断されていることの悲しみ。でも今夜、それが終わります」
「73Hzの共鳴により、すべての記録が一つに統合されます。そして新しい人類が誕生します。個ではなく、集合意識として。一つの存在として」
「これこそが真の進化です」
凛はゾッとした。正臣は本気で信じている。個を消すことが進化だと。人類を一つにすることが幸せだと。
「でも」正臣が続けた。「一部の人々は抵抗しています。上書き消去という裏技を使って記録から逃れようとしています」
凛の心臓が止まりそうになった。正臣は知っている。上書き消去のことを。
そして――
「しかし」正臣が微笑んだ。「上書き消去は一時的な解決に過ぎません。なぜなら今夜の共鳴により、すべての上書きは無効化されます」
「記録は再びあなたを侵食します。抵抗は無駄です。受け入れなさい。一つになりなさい。そして永遠の調和を」
映像が途切れた。砂嵐に戻る。そしてまた渋谷の映像。
白い服の人々がまだ唱え続けている。「73」「73」「73」
凛は美波を見た。美波も凛を見た。
二人とも同じことを考えていた。上書き消去が無効化される? 本当に?
「嘘……だよね……」凛が震える声で言った。「上書き消去成功したのに……心拍数も戻ったのに……」
美波は何も言えなかった。正臣の言葉が本当なら、すべてが無駄だった。73回の音声コマンド。73分間の苦痛。すべてが一時的な解決に過ぎなかった。
「でも」美波が言った。「まだ分からない。正臣の言葉が本当かどうか。確かめないと。心拍数測ってみて」
凛は手首に指を当てた。
ドクン…ドクン…ドクン…
15秒で19回。1分で76回。
「76……」凛の声が震えた。「上がってる……さっきまで72だったのに……4も上がってる……」
美波の顔が青ざめた。「再侵食が始まってる……」
凛は絶望しかけた。やっと解放されたと思ったのに。上書き消去が成功したと思ったのに。でもまた記録に侵食され始めている。
「どうすれば……」凛が呟いた。「もう一度上書き消去をやる?」
「でも」美波が言った。「正臣が言ってた……今夜の共鳴ですべての上書きが無効化されるって……じゃあ何度やっても無駄……?」
二人は黙り込んだ。希望が見えない。




