第113話「午後7時3分」
午後6時55分。スクランブル交差点。
そこには想像を超える光景があった。
白い服を着た人々が交差点を埋め尽くしていた。数千人。いや、もっと。
すべて整然と並んでいる。73人ずつの列。10列、20列、30列。すべてが73の倍数。
そしてそれぞれが記録メディアを持っている。VHS、カセット、MD、フロッピー、8mmフィルム。
凛と美波は交差点の端に立った。警察も周囲に配置されている。でも手出しはできない様子。あまりにも人数が多すぎる。
そして午後7時。
スクランブル交差点の大型ビジョンが点灯した。
そこにカウントダウンが表示される。
「3:00」「2:59」「2:58」
3分。午後7時3分まであと3分。
白い服の人々が一斉に再生機器を取り出した。ポータブルVHSプレーヤー、ウォークマン、MDプレーヤー、ノートパソコン、8mmプロジェクター。様々な機器。
そしてメディアをセットし始めた。
「始まる……」凛が呟いた。「何が起こるの……」
美波も不安そうに見ていた。
カウントダウンは続く。
「1:00」「0:59」「0:58」
あと1分。
凛の心臓が速く鳴り始めた。でもこれは記録の影響じゃない。恐怖。純粋な恐怖。
何かが起ころうとしている。そしてそれはきっと取り返しのつかない何か。
「0:10」「0:09」「0:08」
カウントダウンが最後の10秒に入った。
白い服の人々が一斉に再生ボタンに指を置いた。
「0:07」「0:06」「0:05」
凛は美波の手を握った。
「0:04」「0:03」「0:02」「0:01」「0:00」
その瞬間――すべてが動いた。
数千の再生機器が同時に起動した。VHSが回り始めた。カセットが送られ始めた。MDが読まれ始めた。フロッピーがアクセスされ始めた。8mmフィルムが投影され始めた。
そして音が聞こえてきた。
最初は小さな音。でもすぐに大きくなった。数千人分の記録の音。それらが混ざり合い、共鳴し、増幅された。
ブーーーーーーーーーン……
低周波のうなり。73Hz。
でも今までとは比べ物にならない。圧倒的な音圧。
空気そのものが震えている。ビルが震えている。地面が震えている。
そして凛の頭の中にまた声が聞こえ始めた。
「来て……」「こっちに……」「一緒に……」
「いや……」凛が頭を振った。「私はもう上書き消去した……記録から解放された……」
でも声は止まらない。数千人分の記録の声。それが凛を襲う。
「凛!」美波が凛を抱きしめた。「大丈夫! あなたはもう記録されてない! これは幻聴!」
でも凛には分かっていた。これは幻聴じゃない。本物の記録。数千人分の73Hz。それが現実を歪めている。




