第106話「準備と母の警告」
午前11時。
二人は凛の部屋に戻った。そして準備を始めた。
5つのメディアをすべて用意する。
VHSテープ。カセットテープ。MD。フロッピーディスク。8mmフィルム。
そしてそれぞれの再生機器。VHSデッキ、カセットデッキ、MDプレーヤー、古いパソコン(フロッピー用)、8mmプロジェクター。
すべてを部屋に並べる。まるで古代の儀式のための祭壇のように。テーブルの上、床の上、あらゆる場所に機材が置かれる。
「これを」美波が言った。「同時に再生する……できる?」
「やるしかない」凛が答えた。
美波は各機器を配線し始めた。すべてを一つのスピーカーシステムに接続する。ミキサーを使って。彼女の指は慣れた動きで次々とケーブルを繋いでいく。
「これで」美波が説明した。「音声はすべて混ざって一つのスピーカーから出る」
「映像は?」
「VHSと8mmフィルムは別々のスクリーンに。フロッピーのデータはノートパソコンの画面で。すべて同時に見られるようにする」
凛はその光景を想像した。
5つのメディア。すべての記録。すべての意識。真理子の声、美咲の声、父の声。それらが同時に凛を襲う。
「怖い……」凛が呟いた。
「大丈夫」美波が凛の手を握った。温かい手。生きている手。「私がずっと側にいる。何かあったらすぐ止める。73分以内に音声コマンドを言えばいい。それで元に戻れる」
凛は美波の目を見た。この人は本当に優しい。命を懸けて助けようとしてくれている。
「ありがとう、美波」
「当たり前でしょ」美波が微笑んだ。「友達だもん」
準備が完了した。午後2時。あと5時間。集会が始まるまで。
「いつやる?」美波が聞いた。
凛は時計を見た。「午後5時。集会の2時間前。73分だから午後6時13分に終わる。そこから少し休んで、集会の様子を見に行く」
美波は頷いた。「分かった。じゃあそれまで休もう。体力温存しないと」
窓の外を見る。空はますます暗くなっている。まるで夜が早く訪れるように。
午後3時。
凛のスマートフォンが鳴った。
着信:母
凛は電話に出た。「もしもし」
「凛」母の声。緊張している。震えている。
「今日、集会の日よね」
「うん……」
「ニュースで見た」香織が言った。「渋谷にもう人が集まり始めてる。白い服の人たち。数百人……そしてみんな何かを持ってる」
「何?」
「メディアよ」香織が答えた。「VHS、カセット、MD――いろんな記録メディア。そして午後7時3分に一斉に再生するらしい」
凛の背筋が凍りついた。「一斉に……?」
「そう。数百人が同時に記録を再生する」
「そうすると、どうなるの?」
香織はしばらく沈黙してから答えた。「分からない……でも、きっと良いことじゃない……記録が増幅されるかもしれない……共鳴してもっと強力になるかもしれない……」
凛はゾッとした。
数百人が同時に記録を再生する。73Hzが増幅される。共鳴する。
そして――何が起こる?
「凛」母が続けた。「お願いだから、渋谷には行かないで。危険すぎる」
「でも……」
「まだ間に合うわ。今すぐこっちに来て。私が別の方法を考える」
凛は迷った。母を信じるべきか。それともフロッピーディスクの指示に従うべきか。
「お母さん」凛が言った。「私、今日やる。上書き消去を」
「何ですって?」母の声が高くなった。
「フロッピーディスクに方法が書いてあった。5つすべてを同時に再生して、73分間視聴して、音声コマンドを73回言う。そうすれば元に戻れるって」
「凛!」母が叫んだ。「それは罠よ! 正臣はあなたを完全に記録するためにそう書いたのよ!」
「でも他に方法が……」
「あるわ! 私が25年かけて研究してきた方法が! だから今すぐこっちに……」
「ごめん、お母さん」凛が言った。「もう決めた。今日の午後5時にやる」
「凛!」
「信じて。私、大丈夫だから」
凛は電話を切った。手が震えていた。
美波が心配そうに見ている。「お母さん、反対してた?」
「うん……でもやる。やるしかない」
時計を見る。午後3時15分。
あと1時間45分。




