第101話「悪夢の夜」
12月7日 日曜日 午後11時。
凛はベッドに横になった。美波の作った逆位相音が部屋に流れている。でも効果は弱い。カセットテープの記録は複雑すぎる。73Hzだけじゃない。無数の周波数が絡み合っている。
凛は目を閉じた。眠ろう。明日のために体力を回復しないと。
でもすぐに夢を見た。
防音室。真理子がピアノを弾いている。
でも今回は演奏しながら崩れていく。指が鍵盤から離れる。身体が前に倒れる。
「いや……私が消える……誰か助けて……美咲……正臣……誰か……」
でも誰も助けに来ない。真理子は床に倒れたまま動かなくなる。
そしてその身体から何かが立ち上がった。
透明な影。真理子の形をしているが実体がない。幽霊? いや、違う。
これは記録。真理子の意識の記録。身体から分離した純粋な情報。
その影が凛を見た。
「あなた……次はあなたの番……記録される番……こっちに来て……一人じゃないわよ……みんなここにいる……」
影が凛に近づいてくる。手を伸ばす。冷たい手。
凛の頬に触れる。
その瞬間――凛の頭の中に無数の声が流れ込んできた。
「助けて」「痛い」「消えたくない」「一人じゃない」「幸せ」「永遠」「73」「73」「73」
すべての声が重なり合って一つの轟音になる。
「いやあああああっ!」凛が叫んだ。
「凛!」
美波が凛を揺さぶっていた。強く。
「起きて!」
凛は目を開けた。自分の部屋。いつもの天井。
夢だった。でもあまりにもリアルだった。そして頬が冷たい。まるで本当に何かに触れられたような。
「大丈夫……?」美波が心配そうに見る。
「夢見てた……真理子が記録になって私に触れた……」
美波が凛の額に手を当てた。「熱い……38度くらい……」
確かに凛の身体は熱かった。記録の影響。身体にも出始めている。
「水飲む?」
「うん……」
美波がコップに水を注いで凛に渡した。凛は一気に飲んだ。冷たい水が喉を通る。少し落ち着いた。
「時間は?」凛が聞いた。
「午前3時」美波が答えた。「まだ夜中……もう少し寝た方がいい?」
「ううん」凛が首を振った。「もう眠れない……夢が怖い……」
美波は凛の隣に座った。「じゃあ朝まで起きてよう。一緒に」
凛は美波の優しさに救われた。この人がいなければ、とっくに壊れていた。
二人は朝まで話していた。他愛もない話。大学のこと。趣味のこと。好きな音楽のこと。記録とは関係ない話。
それが凛を正気に保った。
窓の外が徐々に明るくなっていく。長い夜が終わろうとしている。
でも凛の心拍数は相変わらず80回/分。記録は進行し続けている。止まることなく。




