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ムネモシュネの箱 ― 73Hzの永遠 ―  作者: 大西さん
第四章「カセットテープの記録」
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第100話「侵食する記憶」

「罠……?」凛が聞き返した。


「そう」母の声が真剣になった。「柳沢正臣の技術は、5つすべてを見た者を完全に記録するように設計されている」


「上書き消去って書いてあるのは……」


「誘い込むため」母が答えた。「5つ揃えれば元に戻れると信じさせて、すべてのメディアを見させる。そして完全に記録される」


凛の手が震えた。「じゃあ……どうすれば……」


「今すぐこっちに来て。私が25年前に開発した別の方法がある。完全じゃないけど、まだ2つしか見てないなら間に合うかもしれない」


「でも……」凛が迷った。


美波が凛の手を握った。「お母さんを信じよう」と目で語りかけている。


「分かった、お母さん。明日……」


「待って」母が遮った。「明日じゃなく今すぐ。記録は時間とともに進行する。一刻も早く」


凛は窓の外を見た。真っ暗。午後9時。


「分かった。今から行く」


電話を切った。


美波が立ち上がった。「行こう。私も一緒に行く」


二人は準備を始めた。でもその時――


凛の頭に激痛が走った。


「うっ!」


「凛!」美波が支える。


凛の目の前に映像が流れ込んできた。


ピアノの前に座る真理子。幼い美咲が隣にいる。


「お母さん、弾いて」


「何を弾こうか?」


「ショパン!」


美咲が笑顔で言う。真理子が微笑んで鍵盤に指を置く。


ノクターン。美しい旋律。幸せな時間。


でもその映像が歪んでいく。真理子の顔が苦痛に歪む。病気。癌。身体が蝕まれていく。


「美咲……ごめんなさい……お母さんもうすぐ……」


映像が途切れる。


凛は目を開けた。涙で視界がぼやけている。


「これが記録……真理子の記憶……」


美波が心配そうに見ている。「大丈夫……?」


「うん……」でも本当は大丈夫じゃない。


真理子の記憶が自分の記憶と混ざり始めている。境界が曖昧になっている。


これが記録の恐怖。個の喪失。


「心拍数測って」美波が言った。


凛は手首に指を当てた。


ドクン…ドクン…ドクン…


速い。明らかに速い。


15秒で20回。1分で80回。


「80……」凛が報告した。


美波の顔が青ざめた。「上がってる……カセットテープを聞く前は68だったのに……12も上がってる……」


凛はそれを理解していた。記録が進行している。VHSで少し。カセットでさらに。


このままいくといつか73になる。そして個が消える。


「でも」凛が言った。「まだ大丈夫。80はまだ73じゃない」


美波は複雑な表情をした。本当に上書き消去できるのか。それとも5つ揃えたら完全に記録されてしまうのか。


でも他に方法がない。


「お母さんのところに行こう」凛が言った。「他の方法があるかもしれない」


二人は急いで準備をした。

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