8話 積み重ね
ナンテコッタイ
目覚めてから再度鏡を確認したが、文字通り眼を疑った。
瞳の中では今まで無かった黒い歯車の紋様がゆっくりと回転し、更に天色の瞳が淡く発光している。
全身に力が溢れ、全能感すら感じていた。
だが、めちゃくちゃ頭が痛い。
脳の奥でキーンと甲高い音が鳴り響いている。
身体という器が過剰な中身に耐え切れず、悲鳴を上げている感覚だ。
ゴトウと名乗った転移者が「顕現させる」と言っていたのは恐らくこの眼のコトだろう。
「『未来の私が』得る力を『今の私に』だったか」
真意は不明だが、私の為に力を使ってくれたらしい。
心の中で感謝を述べた瞬間、再度激痛に襲われる。
確かあの司書は「遅かった、身体が耐えられなかった」とも言っていたハズだ。
つまり、彼が視た未来の私は、この眼に慣れる前に死んでしまったと。
「こりゃ厄介なモノを渡されたな……!」
悪態をつきながらも、私の口角は自然と上がっていた。
当然だろう。
この力を完璧に使いこなせるようになった時、私はどれだけ成長しているのか、考えただけで胸が躍る。
「とりあえず、オンとオフの切り替えからだな……常時発動はまず無理だ……耐えられる時間を伸ばせるよう徐々にオンの状態を長くしていって……」
ブツブツと呟きながら、思考と試行を巡らせる。
鳴り止まない鼓動は激痛によるものか興奮によるものか、判別出来なかった。
ーーーーーーーーーーーーー数時間後
森にいた私が、なぜ目覚めた時には自室にいたのか。
両親に聞いてみたところ、森への道中で倒れている私とミーシャを、アンバーさんが見つけてくれたらしい。
目立った外傷は無かったが、状況からして森へ入ったミーシャを私が連れ帰ったのだとバレてしまった。
そう。母にバレてしまったのだ。私が一人で森へ入ったというコトが。
しこたま怒られた。
普段「あらあら〜」と微笑んでいる時と同じ表情なのに、明らかに目が笑っていなかった。
共に私を叱るべきはずのウンベールさえ、震えて一言も発していなかった。
いやもう本当に怖かった。大熊なんて何のその。幾ら鍛えてもあの人にだけは勝てる気がしません。
空は快晴。
吹き抜ける風によって、周囲の芝生がさざ波のように揺れている。
家の庭がこれだけ広いのは、田舎ならではの特権だ。
本日もやって参りましたウンベールとの日課。
お互いに距離をとり、木剣を構えて向かい合う。
「ホントに平気か?シャロン。その眼の事もあるし、今日はやらなくてもいいんじゃないか?」
不安そうな声を出すウンベールに対し、私は片手で大きく素振りをしながら答える。
「大丈夫だって。それより、今回こそ一撃当てるからね!」
ひとまず、眼の力は抑えられた。
一度瞼を閉じてスイッチを切るように弛緩すると、紋様の回転も瞳の輝きも収まったのだ。
しかし、紋様そのものは残ってしまっていた。娘の異変に気が付いた両親は、何とも大慌てだったものだ。
問題は無いと必死に説得し、ようやく収束して日課の時間だ。
顎を引き、相手を見据えて腰を低く落とす。
「それじゃあ、いくよ!」
カァン!と甲高い音が鳴り響き、二本の木剣が交差する。
ウンベールの力強い一振りを、全身を使ってしなやかに受け流す。
純粋な力勝負では勝てない相手。
次々に迫る猛攻の一つ一つを予測で躱していく。
(右!からの……足を狙った突きと見せかけて…斬り上げだろ!)
二年。
私がウンベールと戦い続けた年月である。
毎日欠かさず剣を交わらせる中で、ウンベールのクセ、よく使うフェイント等を観察してきた。
今やその読みは、完璧と言っていいほどに仕上がっている。
問題は力の差だ。
どれほど頑張ってウンベールの隙を作っても、女性の身体から繰り出す剣速では、直ぐに防がれてしまう。
私の少ない魔力では覆せない、男女の筋力の差。
この差によって、二年間ウンベールに攻撃を当てられていないままだった。
(けど、今日こそ勝たせてもらうぞウンベール!)
上段からの大振りを、木剣で真横へと弾く。
剣先のみをジャストタイミング狙ったそれは、ウンベールの力の流れを横へと逸らした。
二年間で培った経験の成果だ。
(体制が崩れた!今だ!)
瞳の奥にある歯車を駆動させる。
それは、眼の力をオフからオンへ切り替える為のイメージだ。
イメージを研ぎ澄ますと、現実でも瞳の中で紋様が回転し始め、天色の瞳が輝きを灯す。
眼を中心に、膨大な魔力が全身へと一気に流れ込んできた。
たちまち悲鳴を上げだす身体を抑えつけ、木剣を握る両手に力を込める。
そして、前へと一歩踏みだしーーーー
「ぐぼへぇぁぁぁ!」
私が何かにぶつかったと認識した瞬間、ウンベールが奇怪な唸り声を上げて吹き飛んだ。
遅れて、突風が大地を揺らす。
自身でも予想外の、凄まじい勢いで突進した私が、ウンベールを弾き飛ばしたのだ。
というか、直撃の瞬間にとんでもなくめり込んだ気がしたんだけど!
無事かウンベール!?と父の方へ目を向ける。
すると、鍛え抜かれた大きな身体がスローモーションのように宙を舞い、ドサッと仰向けで地面に着地した。
倒れた体は声一つ発さなかったが、両手を掲げて降参の意を示していた。
苦節二年。
絶対的だった性別による力の差が埋まり、私の剣は遂に、ウンベールへと届いたのだ。
「んっ゙っっっっしゃぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!!!」
勢い良く前屈みになり、ブロンドの髪が靡く。
木剣を掴んでいたはずの両手は、無意識に虚空を握りしめていた。




