7話 覚醒
「ひとまず、自己紹介からだな。」
シャロンを建物内へと招き入れた男は、立ったまま優雅にコーヒーを嗜んでいる。
年の頃は三十歳ほど。眉間に寄った皺が男の気難しさを表していた。
周囲には膨大な数の本が並べられており、図書館を思わせる内装だ。
一方シャロンは、体力が底をつき、床へペタンと座り込む。
「僕の名はゴトウ。この図書館の司書をやっている。と言っても、客は誰一人寄りつかんし、じきに消え去るがな。」
(やっぱり転移者だ!)
シャロンの推察が確信へと変わる。
疲労により思考が乱れる中、何とか言葉を紡ぐ。
「あの…!私、シャロンっていいます!実は私も…!」
ゴトウは手を前へ突き出し、シャロンを制止した。
「あぁみなまで言うな。どうせ、視れば直ぐ分かる。
なに、痛みはないから心配するな。」
瞬間、ゴトウの眼が翡翠色に輝く。
その瞳が捉えるのはシャロンの行く末。
「未来視の〈スキル〉でな。今キサマの未来を視ている。言葉なんぞを交わすより、遥かに効果的だ。」
相手の未来を視て人となりを理解する。それがゴトウのコミュニケーションである。
「………なるほどな。」
呟き、眼を閉じたゴトウの側に、一冊の本が現れた。
何も書かれていない本だったが、ゴトウが掌を翳すと本に文字が刻まれていく。
(一人でにページが捲れてる……)
状況が飲み込めずにいるシャロン。
転生してから初めて出会った同郷の士は、何やら勝手に納得したかと思えば、不可解な行動をとっている。
全てのページが捲れ、本が閉じた。
ゴトウはふぅと一息つく。
一連の作業の終了を察したシャロンが、再度声を掛ける。
「あのー、それって何を?」
「あぁ、この本か?これも僕の能力の一部だ。未来視で視た対象の人生を、物語として本に出力する。そして、本は有事の際に外付けの魔力として己に還元できる仕組みだ。」
解説を終えたゴトウは「それはさておき…」とシャロンの瞳へ眼をやる。
「変化、成長、進化、ニュアンスは様々だが、要は強くなりたい、前進したいのだろう?」
(!?)
自身のパーソナルな面。
前世から抱いている強い欲求を言い当てられ、驚愕するシャロン。
「部外者の僕が言うべきコトでは無いが、貴様、その生き方は辞めておけ。」
「…………え」
突然の言葉に、シャロンは無意識で声が漏れた。
一方、ゴトウは自身が先程視た未来を淡々と告げる。
「貴様はこの先何も得られない。努力した所で、無意味な結末しか待っていないぞ。絶望して、惨たらしく死ぬだけだ。」
「…………。」
シャロンは無言で俯く。
ゴトウの言葉に根拠は無いが、その眼は真剣でとても嘘を言っているとは思えなかった。
「なにより、この世界は間もなく終わりを迎える。そんなものに執着するより、少しでも平穏を享受することだな。」
それは、未来視など使わずとも既に決定した結末。
ゴトウ含めこの世で4人しか知らぬ真実である。
「受け止め切れないだろうが、それが現実だ。これからさき―」
「なんだそんなコトかぁ〜」
「なに?」
朗らかに笑みを浮かべるシャロン。
「『辞めておけ』なんて言うから身構えたけど、そんなの、大した問題じゃないよ。」
「貴様、僕の話を聞いていなかったのか?何をどれだけ積み重ねた所で、何処にも辿り着かないんだぞ。最後まで何も持ち得ないままだ。」
「その程度のコトで、私が止まるわけないでしょ?」
ゴトウは目の前の少女の正気を疑う。
しかし、シャロンの意思は揺るがない。
「確かに、ずっと昔から私には何もない。貴方の言う通り、私は結局何処にも至れないのかもしれない。この先絶望する事だってあると思う。でも、強さを求めるその過程できっと、ほんの1センチだけでも、前へ進める気がするんだ。」
「1センチの為に人生を棒に振るのか?」
ゴトウの問いに、シャロンはまるで未来視のように先を見据え、希望に満ちた顔で答える
「当然!無意味だろうとなんだろうと、この命を賭ける価値はある!」
ゴトウは不意を突かれたような顔をした後、笑った
ほんとうに、愉快そうに笑った。
「クク…クハァッーハッハッ!!成長に取り憑かれた少女か!最高にイカレているな!貴様!」
そして、片手を大きく掲げた。
「えっ!なに?急に」
驚くシャロン。
「先ほど、お前は最後まで何も得ないといったが、あれは少し違う!」
掲げた腕の周囲に、深紅の魔法陣が幾重にも浮かび上がる
「お前は人生の終わりに確かに力を得た!しかしそれを得るには遅すぎたんだ!身体が耐えられなかった!」
決意に満ちた顔で言葉を続ける。
「それを今から!この図書館にある本全ての魔力を使って!お前という触媒に顕現させる!」
大地が揺れる。
図書館だけでなく、土地そのものが揺れているのだ。
「だからどういう事!っていうか魔力全部使っちゃったら自衛できないんじゃ…!?」
「いいさ!僕の命を賭けるだけの価値はある!」
図書館全体の魔力が一点に集中し、シャロンの元で一気に弾ける。
二人を囲んでいた無数の本は消え、一冊の何も書かれていない本だけが残った。
シャロンの全身に痛みが走り、軋む。
耐えきれず意識が遠のく少女に対し、司書は満足げな表情で告げる。
「ここから先は僕にも未知の物語だ。さぁ、貴様はこの白紙の本に何を記す?」
パタン、と意識が途絶えた。
ーーーーーーーーー
目覚めたのは自室、ベットの上だった。
特に違和感はなけど、うっすらと頭痛が…
っていうかミーシャは!?
勢い良くベットから立ち上がると、目の前の鏡に私の顔が写る。
するとーー
天色の眼の中で、黒い歯車の紋様がゆっくりと回転し、瞳全体がうっすらと輝きを灯していた。
「なんじゃこりゃゃーーーー!?」
本日2度目の失神。




